河名秀郎オフィシャルサイト  メニュー

プロフィール

コンテンツ

創業秘話

食べもの

商品の選び方

学びについて

農業について

事業への思い

子育て流儀

医者・クスリに
頼らない

番外編

取材履歴

会社概要

河名秀郎オフィシャルサイト  リンク

河名秀郎のブログ
野良人ダイアリー

ナチュラル・ハーモニーWEBサイト
直営のお店と
レストランのご案内

有機野菜や無農薬野菜を買う前に!
本物の野菜・玄米の
見分け方

無料進呈中!
河名秀郎講義録

「食は芸術なり」

無料進呈中!
河名秀郎講義録

「医者にもクスリにも
頼らない子育ての術
とは!?」

医者にもクスリにも
頼らない生き方をもとめて

ナチュラル&
ハーモニックスクール

肥料を使わない
自然栽培野菜の専門宅配

ハーモニック・トラスト

卸売りのご案内
自然栽培と天然菌を中心とした

商品の卸売り業務

求人情報

パートナーシップ店
Natural&Harmonic
PURELY

河名秀郎オフィシャルサイト

番外編

サーフィンについて

サーフィンについて 私は18歳でサーフィンを始めました。“流行りを追って”というのが正直なところです。当時、一世を風靡していたサーファー、ジェリー・ロペスの映画を見たことが直接のきっかけです。あまりのかっこよさに自分もやってみようと思ったのです。どうすればあのように波を操ることができるのか?そうした探求重ねるうちに、はまっていったのが経緯です。

 海に入る前は、こうやろうとかこうしてみようとか、頭でイメージを描いているのですが、入れば一瞬でその思いは崩れてしまう。常に動き続けていく波を前に、頭のプランなどは通用しない。ジェリーロペスは、「サーフィンはヨガである」、「唯一、能動的に無我になれる」と述べています。私なりに30年以上やってきてその通りだなと感じています。

 真冬にも関わらず、海に入る。やったことがない人から見れば“アタマおかしいのでは?”と思われるかも知れません。でも、その寒さを凌駕するだけの素晴らしい体感がある。若いころはしばらく海に入らないと、体がしぼんでいくような感覚がありました。打ち上げられた魚のような感じです。そうして海に入ると自分の中の鋭気が甦るような感覚を覚えていました。3時間海に入っていても、実際に波に乗っているのは5分もないんじゃないかと思います。波を待つ間は、ずっと手で漕ぎ続けている。何トンという水圧を乗り越えていく過酷な世界。それでもこの齢までやり続けてきた理由は、深い神秘と魅力とがあるからです。

 30歳を過ぎてからショートボードからロングボードへ変更しました。より自然と調和する醍醐味はロングボードならではのもの。ロングはゆったりとしたサーフィンスタイルの実現に向いているといえます。波のリズムと呼吸のリズムとがフィットする感覚、海のバイオリズムと自分との関係を垣間見るのですね。海が教えてくれるのは、人は海から生まれた(羊水)生きものだということ。それを頭ではなく体感として教えてくれる。ぜひ皆さんも、夏になったら塩素漬けのプールではなくて、海に入ってみてほしい。全身に大自然の力を受けることで心身ともにリセットできると思います。

家族の絆について

家族の絆について  自分の家族を作るにあたり、妻が起点となります。そして一緒に人生を歩んでいく以上は、人生の目的や価値観、そしてそこから引き出されてくるプラン。それをお互いにきちんと理解し合うことから始めました。それを共有できるかどうか、妻とはこの点を語り合い、お互いに合意できたパートナーだったというわけです。

 私たち夫婦はそのプランのもとに家族を為し、「医者にもクスリにも頼らない家族」、そのモデル作りに挑戦する。それについては、お互いにズレも揺らぎもありませんでした。2人で決めたプランに基づき、結婚してからの2年間は、食を含めた生活環境をきちんと整えることに努めました。長男も長女も、自然出産。誕生から一切のクスリを使わずに今日に至ります。

 でも、ずっと元気で健康、順風満帆できたわけではありません。生後半年くらいの頃に、長男にアトピーが発症しました。2年の準備期間ではダメだった、短かったのです。この事実を前に夫婦で、この子は“預かりもの”と再認識することから始めました。自分たちのものではなく、あくまで預かっただけに過ぎない。だからその生命を全うさせるための手伝いをすることが親の使命。それを夫婦のエゴで曲げてはならない。この子が「何をしに来たのか?」を見極めることを2人で誓い合いました。私たちは2人の子供を授かったわけですが、2人ともアトピーを発症しました。ただ、早期に出し切ることに成功し、いまは2人とも至って元気。いまでは気配も痕跡もなく、子供たちには記憶すらないのです。

 それは今から15〜16年前のことでした。自分としては事業が一番厳しい局面にあった頃です。自然栽培はほぼ誰からも理解されることなく、経営はとても難しく厳しい状況でした。でも、家族ができたことにより自分の信念を貫く決意がより一層高まっていました。

 私は子供の世話や学校の運動会、授業参観などに行ったことがありません。仕事に忙殺され、ほとんど家を空けたままでしたし、子供との接点は数えるほどしかないのです。夜遅く帰って、眠っている我が子の背中を起こさないようにさすってあげる。それを日々欠かさずにやっていたように思います。そして何らかの症状が出た時は仕事を休み、ずっと側にいてあげる。無意識の接点を保つことを意識していたのです。

 このようにほぼ接点がなく、ベタベタしたことだってほとんどない。にも関わらずとても仲が良い。それは幼少期の背中をさすってあげたことに関係していると感じています。男の子で高一ともなれば反抗期を迎えるころなのでしょうが、そうした傾向は一切見られません。私をすごく慕ってくれているのです。それにはこうした背景があると密かに思っています。 それ以外にも、私は子供の意見はよく聞くようにしているし、尊重することを大切にしています。子供だからと頭ごなしに否定するようなことはなく、あくまで預かりものだと思っているのです。

 長男も長女も、医者にもクスリのも頼らない生き方のモデル、実践例として育ててきました。実験のように思えるかもしれませんが、医療漬け・クスリ漬けの現在の体制に向けて一石を投じられるのではないか?と考えてのことです。子供には協力してもらってきたのですが、今日まで2人とも元気に過ごしています。 長男は7月4日生まれで、アメリカの「独立記念日」が誕生日です。「お前はアメリカの農業を救うために生まれたのだぞ」と半分冗談で話したりもしています。すると、彼もどうやったらアメリカの農業を変えられるのかと真剣に私に聞いてくるのです。まんざらでもない様子で、父と子の大きな夢に向けて過ごしています。

おにぎりの秘密

 収入が途絶えた時、給料を家に持って帰れない。まともな食事はできないし、外食なんかあり得ない。そうした日々が続きました。そういうわけでお昼はいつも「おにぎり一個」。それを持って会社にいきました。一個しかないから、ペース配分に注意して大切に食べなければなりません。定時に食べるあり方ではなく、お腹が空くまでは食べないようにする。食べものにお金をかけられない一方で、自然なライフスタイルを手にすることができた。 今もお昼におかずはあまり食べません、味噌汁さえあればそれで十分といった具合です。

 妻に給料を渡せない期間が1年にわたり続きました。これ以上続けば彼女の人生までをもダメにしてしまう。そう思って、離婚を考えました。恐る恐る打ち明けると、私の心配をよそに、軽く一蹴、突き返されました。それは本当にありがたく、嬉しいことでもありまた。 ないならないなりに生きていくあり方。たとえどんなに苦しい時でも探してでもありがたいことを見つける姿勢。この私流のスタンスが作られたのはこの時期です。家族それぞれが学び合ってきたから、私には家族三人が神さまのようにも思えるのです。裕福とか、貧しいとかを越え、それぞれの使命を全うするための協力関係が家族ではないかと思っているのです。

社員に対して思うこと

社員に対して思うこと  人生とは、単に小銭集めをするだけのものに過ぎないのか?自分の欲を満たすだけのものなのか?「時間=金」、「仕事=金」、こうした考えには、かはかなさを感じてしまう。金のために働く、それが人生のスケールを小さくしている、そのように思えてならないのです。それだけでは物足りないし、つまらないと思ってしまうのです。

 自分はこの世に「何をしに来たのか?」、その方が私には大切です。私たちの仕事は結果的に世の中の逆を行くものです。「経済第一 ではなく、「生命を第一」に考えるあり方。それにはそれなりの精神力が必要になる仕事であると思っているのです。

 私にとって社員は同志です。私の思いがきちんと伝わったからこその社員なのですから。たった一人から始まり、いまや100名を越える素晴しい仲間たちと仕事ができる喜び。だから夢はどこまでも壮大。“一緒に新しい国づくりをしよう!”、このことを合い言葉にしているのです。 終身雇用・年功序列型賃金が崩れた中、従来のあり方では仕事も難しくなってきています。働き方そのものが問われていると感じます。もっと大きなテーマを持ってもらいたい、そのように思うのです。いまは西洋社会のモノや金を中心とした表面的な満足に閉じ籠るのではなく、自らの可能性をもっと大きく開いていく。そうする場所が職場ではないかと思います。

 私は昔の「丁稚奉公」にも理があるなと思っています。親方のもと、最悪の条件にも関わらず懸命に働く。そうする中で親方から技を受け継ぎ、習得し、意欲次第で次の親方になっていく。自分の成長によって変化し、それぞれのステージにおいて必要な条件が備わってくる。年輪を積み重ねることで、代価としてのモノや金が自ずと備わってくる。こうした仕事観、意欲、そのプロセスがその人間を本当に育てる道ではないかと思うのです。

仕事で悩む人へ

 “自分は一体何をしたいのか?”、そう悩む人が本当に多いと感じます。やりたいことをやれ、そう煽る本や情報なども溢れていますから、余計に悩んでしまうのでしょう。でも、やりたいことというのは感情であって、その時限りの一時的なものに過ぎない。そうしたケースだって少なくない。それはあくまで変わることを前提にしたものではないかと思うのです。だからそこに答えを求める限り、職を転々とせざるを得なくなるのではないかと思います。私の結論は、あまり仕事を選ばない方が良い。方向性を持つことは必要なことだと思いますが、それは自ずと与えられるものではないかと感じています。

 いま現在やっている仕事を“合わない”とか“向いていない”と感じることもあるのでしょう。でもそれが将来の自分づくりにものすごく役立つことって少なくない。たとえかけ離れているように思えても、そうした視点を眺めると違って見えてきたりもします。またイヤなことの中にこそ、自分にとっての本当の必要が見えてくる。ウチのスタッフもそうだけど、自分がやりたい持ち場でなくても、不平や不満の目を向けないこと。自然の法則に則して考えることがやはり大切ではないかと考えます。そうすれば次の道は自ずと拓けてくるのではないか、と私は思っているのです。

 また、人の感動を自分の感動に置き換えてみても、あまり意味がないと思います。本を読んで“感動した!”は良いのでしょうが、それはあくまで著者や他人の感動であって、自分のものではないのです。心からの感動とは体験した者にしか分らないものではないかと思います。自分でそれを体感してきたと思えるのかどうか、それをしないで“本を読みました”ではやはり難しいといわねばなりません。そんな甘いものではないし、自分が体感して味わうことにこそ味がある。ナチュラル・ハーモニーで働きたいといって下さる方も少なくないのですが、仮にそう思っても今の会社を辞めなくて良い。この生き方の真髄とは、たとえどんな場所であってもできるはずのもの。それは大自然の法則に従う、ここに尽きるのではないかと思います。

縁について

 私が大切だと感じるのは、とにかく「焦らない」心構えです。私自身が心がけているのは必要な人やモノ、できごとと、これらの出会いを“待つ”といった感覚です。“類は友を呼ぶ”ではないけど、同じ匂いがする人たちがやはり集い合うものだと思います。自分には起業した明確な目標や目的があり、それは今も変わらないわけだから、出会う人は自ずと必要な人ばかりとなっていく。目先の儲けが大事、そういう人にはあまり出会わないわけなのです。目的に見合った人材がどうもあてがわれているような感覚が私にはあるのです。それを自分では確信しているから、決して焦らない。自分でどうにか組み立てようともしない。そういうと、何もしていないかのようにも聞こえがちですが、そのように自分自身をしつけているのです。それは出会いを呼び込むための自分づくり、そんな風にいえるのかもしれません。

 結婚も同じで、見えない道が自ずと作られている。見えない道を素直に認め歩めるのかどうか?その道を踏み誤っても痛い思いをして間違いに気づくことができる感性。そうやって縁を繋げてきた歩みです。騙された時も学びになっている。すべての縁は自分を作ることに繋がっているのですから。