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長寿の島に起こる危機
沖縄といえば「長寿の島」。青い海・白い砂浜といった豊かな自然と厚い人情のお国柄。沖縄料理は健康・長寿の食として広く知られています。でも近年、こうしたイメージを覆す異変が起きているようなのです。
2000年の厚生省の統計によると、沖縄県は男性の平均寿命で前年の4位から26位に急落しています。中でも30代〜50代の突然死が多く、心筋梗塞や脳卒中の死亡率は全国平均を大きく上回っています。さらに肥満は平均の約2倍にも達しているのです。研究者たちは「食の変化」を最大の理由に挙げ、動物性タンパク質の摂取が飛躍的に高まったためとしているのです。
食のモノ化
こうした現象は沖縄に限ったことではありません。全世界的に起こりつつある事柄で、不安を背景に数々の健康情報が氾濫しています。ビタミンが!ミネラルが!食物繊維が!”、こうした内容のテレビ番組は高い視聴率となるそうです。サプリメントが隆盛を極める中、食べものの機能面がより一層重視されるようになっています。
沖縄県の100歳以上の人口比率は現在もトップに位置しています。「長寿組」は骨密度が高く、心臓病やガンなどが少ないといったデータがあります。食は機能ではなく生命である、彼らは食べものへの感謝を込めて「ヌチグス(生命のクスリ)」と呼ぶそうなのです。一方、飽くなき栄養素の摂取こそが「食の使命」とする私たち。“食のモノ化”への道のりをさらなる猛スピードで突き進んでいるかのようです。それは近代を貫く精神、その延長線上で起きているのです。
時代の精神
近代化の歩みとは「精神と物体」を切り離すことを基礎に行われてきました。「物体」は精神を持たないので、どこまでも収奪し破壊しても構わない。物体とは石油や鉄鋼、電化製品といったものに留まらず、食べ物にまで及びます。食は生命ではなく機能、自然は無色透明で、色も臭いも意志も持たない存在。だから人間が支配し、あらゆるものを保護監察下に置かねばならない。「自然を守れ」、「地球に優しく」、こうした言葉の背景にも近代の精神が見え隠れしているのです。
このことは「我思う、ゆえに我あり」、デカルトの有名な言葉に代表されます。「思わないもの」はすべて収奪の対象。生き物でさえ、人間以外はすべて機械、生命を持たない存在として認識されています。ニュートンの万有引力の法則も、りんごが落ちるのを説明するのに、「何のために」という見地はいらない。物体が落ちることだけを関心の対象としています。
物体と精神の分離は、人間にも牙を剥き「ゆりかご」であったはずの環境を「凶器」へと変貌させました。環境破壊、地球温暖化といった対外環境にとどまらず、私たちの体内環境にも深刻な影響を及ぼしています。そしてアレルギーやガンなどの成人病が蔓延し、減っていく傾向は見られません。
以前、『霜降り牛の作り方』というビデオを見たことがあります。そこには歩くことも抵抗することもかなわないくらいに太らせ、嫌がる牛に無理やりビールを飲ませるシーンが映し出されていました。そこに私たちの時代精神を雄弁に物語る光景があったのです。
土が呻く声
自然栽培の第一人者、青森の木村秋則さんは自然栽培を志す農家に向けて「あなたには土が痛いよ、苦しいよと呻く声が聞こえていますか?」、「自分が作物だったら糞尿を食べたいと思うでしょうか?」、「農薬をこんなにかけられて作物はどんな気持ちだと思いますか?」と語りかけます。常に作物の立場に立つことを教え諭すその姿からは、生命への無条件の感謝がにじみ出ていると感じるのです。
私たちはいつしか自らの「五感」よりも、テレビや雑誌の健康情報を信じるようになりました。自然に学ぶ姿勢を忘れ、研究室のデータばかりを頼りにするようになりました。大地はアスファルトで覆われ、川岸もコンクリートで塗り固められていきました。そして過剰な衛生主義のもと、菌を敵対視することが奨励されました。殺菌・抗菌とおびただしい数の殺戮を繰り返した結果、鳥インフルエンザ、ノロウイルスといった菌やウイルスからの逆襲に見舞われているのです。
この「三回連続セミナー」では氾濫する健康情報を自然界の仕組みの前に引き出し人間の浅知恵を浮き彫りにしていきます。自然を学ぶことは不自然を学ぶこと、その先に医者にもクスリにも頼らない生き方が見えてくるのです。
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