情報には常に両極端があるようだ。
Aという意見があれば、Bという意見もある。
「厚着が良いには、薄着が良い」、「体をよく洗えには、洗い過ぎはキケン」。水を何リットルも飲め」には、「水毒の危険」が叫ばれる。野菜は生で食べるように、いや必ず火を通すように。三食きっちりたべるのが良い、いやお腹がすいたときに食べるべきだ。消化のために良く噛め!いや、噛みすぎは、歯や胃をダメにしてしまう・・・。
このようにキリがないのです。厄介なのはどちらももっともらしく聞こえること。○○博士推奨、××の研究結果という権威が施されているのですから。そして、両方に付随して、さまざまな意見が入り乱れているのです。
永遠の振り子状態
専門家なら大量の情報への臭覚も直感も働くことでしょう。必要ならば一つ一つを検証し、適切な判断を下すこともできるのでしょう。でも私たちには知識はないし、吟味するための時間も限られてしまっています。調べれば調べるほど分からなくなり、あっちもこっちも振り子状態が永遠に止まらない・・・。分からないと投げ出すこともよいのでしょうが、こと健康に関してはそうもいきにくい・・・。
「いったいどうすればいいの?」、それが本音ではないでしょうか。
どうやら自らに備わった感覚を信じる以外になさそうなのです。感覚にゆだねる、それは完成という言葉に言い換えることが出来るかもしれません。
感覚に委ねるとは、気持ち良いのか・悪いのか、食べたいと思うのか・思わないのか、水を飲みたいのか・飲みたくないのか、心地良いと感じるのか・感じないのか、こうした本来備わった感覚を研ぎ澄ますところに、情報時代をしなやかに生き抜くヒントがあるようです。
万病のもとになる活性酸素
これは、医学的に説明できることなのです。体は緊張と弛緩、大きくいって2つに分けられます。緊張状態とは交感神経優位の状態、弛緩とは副交感神経優位の状態となるわけです。
まずいものをムリに食べる。イヤなことをし続ける。体によいからと我慢して何かを行う。悩んだり悲しんだり、体はそれをストレスと認識します。ストレスがかかれば、交感神経優位の状態に切り替わります。猫の毛が逆立つことや、火事場のクソ力といわれる状態は、このモードで起きるというわけです。
そこで体内に発生するのが「活性酸素」です。活性酸素は「諸悪の根源」、「万病のもと」といわれたりもしますが、本来は体内の異物を攻撃してくれるありがたい物質です。でも問題はその過剰、増えすぎれば正常な細胞にまで攻撃を加えてしまうのです。その結果、ガンをはじめとしたあらゆる病気の原因になると考えられているのです。
心地よいという感覚をさておき、我慢して何かを行う。落ち込んだり、クヨクヨしたりすると体はそれをストレスと認識します。それは活性酸素をいたずらに増やす結果になりかねないのです。また添加物や農薬、薬剤などの人工の化学物質も人体にとっては「異物」。当然ストレス要因となり、活性酸素を雪だるま式に増やしてしまうというわけです。
効果的な問いかけ 〜自然か・不自然か?〜
あなたがなるべく自然な暮らしを志し、医者にもクスリにも頼らない生き方を志向するなら、判断基準は自然界でなければなりません。“良い・悪い”、“効く・効かない”で判断するのではなく、「自然か、それとも不自然か」で判断していく。有機栽培だから「自然食」と判断するのではなく、自然の摂理に則して作られたかどうかで、「自然食・不自然食」かの判断を下していく。そのためには自然の摂理や原則を知る、そのことによって情報への判断が身につくようになるのです。
自然界、大自然というと、どこか特別な場所を連想しがちです。でも、もっとも大切でもっとも身近な大自然とは、私たち自身の体です。答えはどこか遠くにあるのでも、自分の「外」にあるのでもない。自らの「内」にこそある。「教育」は英語でEDUCATION、それには「引き出す」という意味があります。その人が持つ本来の力を引き出し、育てること。このセミナーでは、肥料も農薬も使わない「自然栽培」を例に学んでいきます。
バイ菌まみれの川や沼も、心臓病で寝たきりの野生動物も、虫や病原菌まみれで丸裸の野山も、調和のとれた自然界には存在しない。
自然界に学び、その原理原則を判断軸に本来備わった能力を引き出していく。その先に医者に
もクスリにも頼らない生き方が見えてくるのです。 |