“安全”といわれているお米、野菜に果物。
そのほとんどが「減農薬」や「低農薬」のもの。
このことから「無農薬」で作ることは、ほぼ不可能なことのように思えてきます。お米や野菜を作るために、農薬を使うのは“仕方がない”こと。
ならば“いかに回数を減らすか?”、私たちはどこかでそのように思っているのです。
でも、それは本当に仕方がないことなのでしょうか?
“無農薬は難しい”、そうカンタンに諦めてしまって良いものなのでしょうか?
ここでは農薬を使わざるを得ない本当の理由について考え、新たな認識を手にしていきましょう。
「安全なお米」とはどんなものなのでしょうか?
答えは「無農薬」で作られたお米です。
農薬の危険性は広く知られるようになりましたし、何より実際に使っている生産者自身がそのことを一番よく知っています。だから販売用のお米と自分が食べるお米とを分けて栽培する、そうしたことが問題となったりしたわけです。
農薬はお米にとって「薬」。
人にも動物にも植物にもいえることですが、元気なお米とは病気にならないもののこと。強くて病気にならないからこそ、農薬を必要としないというわけなのです。
このことから「有機野菜」が人気で安全な食べものの象徴のようになっているのですが、その実態はというと……、
なんと、約30種類の農薬の使用が許されているのです!
「えっ!知らなかった」
「有機農産物イコール無農薬だと思っていたわ」
なんて方も多いのではないでしょうか?
そう思われても無理はありません。実はほとんどの方が見落としていたり、混同している事実なのです……
つまり、この約30種類の農薬ならば、たとえ100回使ったとしても、「有機米」、「有機農産物」と名乗っても良い、こうしたことになるのです。
問題は農薬の使用に対する「表示義務」がないことです。
買う側の私たちは「有機無農薬」なのか「有機低農薬」なのか、それすら知ることができないのです。
そんな「有機農産物」、日本の農産物の全体量から見れば、たった1%程度といわれています。にも関わらず、そのほとんどが、「低農薬・減農薬」のものになるのです。
程度の差こそあれ、お米や野菜を育てるのには農薬が必要。農薬を使わなければ作物を収穫できない。このことを物語っている、にも関わらずなのにです。
無農薬で作られたお米や野菜を毎日買ってきて食べる、それは一種の「夢物語」のようにも思えてきます。自然食業界の常識も、“農薬は栽培には絶対必要!”、これを前提にしています。
だから“いかに減らすのか?”、“使うのは仕方がないけど、この農薬は使わないで!”、こうしたことがテーマとなっているのです。
特に「果物は無農薬ではほぼ作れない」と、諦めを含みながらいわれたりもします。理由は「甘い臭いが虫を誘うからだ」と説明される場合が多いのです。だから実際に自然食団体の果物に「無農薬」のものはほとんど見当たらない。ぜひその現状を自然食品店でご確認ください。
でも、よくよく考えれば、そんなこと絶対におかしいですよね。
住宅街を歩けば、庭先にみかんや柿がなっています。そして、そこに農薬は決して使われていません。庭先のみかんや柿に農薬を散布する、なんて光景は誰も見たことがないはずです。そんなことをしたら、隣近所の大迷惑になってしまいますから。
また私たちの周りの野や山に目を転じれば、そこにも一切農薬は撒かれていません。それでも自生する植物を大量の虫が食い尽くしている光景や、病原菌に冒され姿形をとどめていない野山の光景も、私たちは目にしていないはずなのです。
自然の野山のどこにも農薬は使われていないのに、人が栽培するお米や野菜、果物になると、突然のように農薬が必要になる。野や山と田畑とではいったいどこに違いがあるのか?
それは「肥料」を入れることです。
つまり肥料が農薬を使わざるを得なくしているのです。
庭先の例に戻りますが、そこの柿やみかんの木にも肥料は施されていません。落ち葉であっても、家の人がキレイに掃除して取り除かれてしまいます。また自然の野山、そのどこであっても人が肥料を施しているような場所は存在しません。それでも植物たちは元気な姿を私たちに見せてくれています。
アマゾンのジャングルも、どこかの原生林も、近所の野山であっても、人が肥料を施してできあがったものではありません。
ましてや農薬を撒き続けた結果でも ないのです。あくまでそれは自然の力が育んだ結晶。
自然界はいつだって無肥料・無農薬、それは肥料・農薬を使わなくてもお米や野菜を作ることができる。その可能性を指し示しているのです。
肥料も農薬も一切使わない栽培法、「自然栽培」。
その自然栽培に取り組む農家たちは、「虫や病源菌は肥料に含まれる窒素を目当てにやってくると話します。
肥料こそが虫や病気を呼び込んでしまう張本人なのです。
つまり「窒素過剰」な植物を虫や病原菌は好むというわけです。
「窒素」とは、植物にとっての“成長促進剤”にあたります。肥料を使うことの意味は、この窒素を大量に作物に与えることで、“より多く・より早く”の収穫を実現することにある。肥料はこの目的で使われているのです。
窒素いっぱいの肥料を入れ、それをめがけてやってきた虫や病源菌に農薬を浴びせかける。リンゴなら50回、キュウリなら40回、お米なら20回、そのくらい農薬を撒かなければ収穫できない。虫や病源菌に駆逐されてしまうのが今の農業の現実です。
一般に減農薬・低農薬といわれるもの(特別栽培農産物)はその半分ですから、りんごで25回、キュウリで20回、お米で10回。それが“安心安全”の名のもとに売られていますが、それを本当に「安全な食べものといえるのでしょうか?
また農薬の危険性は「回数」のみでは判断できない面があります。回数が少なくても効き目が強い、そうしたケースだって実際にあります。また雨などが作物に当たれば、せっかく撒いた農薬成分がはがれ落ちてしまう。だから、接着剤のように作物に農薬成分を貼り付けている。これは「貼着剤」といわれる薬剤でお茶の栽培でも良く使われるものですが、私たちが買ってきて水洗いをしてみても、農薬成分が落ちにくいという現実があります。
“より速く・より多く”と肥料を多投し、その結果としてやってきた、虫や病原菌に農薬を使って駆逐する。こうした悪循環に陥っているのが、今の農業の現実です。それはわざわざ虫が好む環境を用意して、それを農薬で殺すという非合理を行なっている。そういわねばならないのです。
つまり肥料を使っている限り、虫や病源菌、そして農薬、これらと永久的にお別れできないことになります。
肥料も農薬も一切使わない「自然栽培」に取り組む農家は、肥料を止めれば農薬がいらなくなることを知っています。
肥料を使わなければ、病気にならない元気な作物を作ることができ、結果として農薬のお世話にならずに済むのです。
野山の植物がそうであるように、自然栽培のお米や野菜、そして果物が「無農薬」であるのは当たり前のこと。それは特別なものでは決してなく、極めて自然であたり前のこと。自然界はいつだって「無肥料・無農薬」なわけですから。
ただ、肥料を入れないことは最低限の条件に過ぎないことも事実です。自然栽培に取り組む生産者は、自然界の仕組みに対する深い洞察力と知識とが要求されるからです。
土について、水や太陽について、またそれぞれの植物の特性について、といったように、さまざまな知識が要求される。まさに“百姓”。だから自然栽培は決して“放任栽培”ではなく、自然界の仕組みを田畑に応用する、そうした栽培法なのです。
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目からウロコの情報がそこにはあります……
何が自然であるかが分れば、不自然なものが分ってしまう。「肥料」という不自然を行えば、虫や病気、農薬といった循環を逃れることができなくなる。
だから私たちは、
肥料を入れずに育てたお米や野菜を、広げる活動をしています。