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ナチュラル・ハーモニー 田辺 寛雄

ナチュラル・ハーモニー
田辺 寛雄

すべての誕生はすばらしい!そんな思いで一体験をつづらせていただきます。                        

第2章自然誕生 お産について

風雲急を告げる!

自然出産を振り返えって。私と妻の次男出産の話をお伝えします。
私、田辺がそのとき、手記にしたもので、これまでは公表もせずに取っておいたものでした。子育てについてさまざまなご意見をいただくので、わたしたちの話をたたき台にして、またみなさんのご意見をいただけたらと思います。

この手記は、私たち夫婦の体験であって、この出産方法がいいとか、悪いとかをいいたいのではありません。私とすると、どんな形であれ生まれてくることはすばらしいことで、自然なことで、感謝すべきことだと思っています。

 

 

早く帰ってきて!

夜7時、妊娠中で36週目に入った妻の真弓より連絡が携帯に入る。「あのね。様子がおかしい。帰ってきてくれへん。出血してるねん。」妻は一人目の子、長男の蓮太郎の時、切迫流産になっていた。それでも無事生まれていたのでそんなには気に留めていなかった。ただ、痛みが間隔をおいてやってくるというので、気になり会社の先輩に無理をいって、会社を上がらせてもらった。出産予定日よりまだ1月も早い。

 


帰り際、妻に携帯で連絡した。「齋藤先生には連絡したか?どうだって?」と僕。「病院にいった方がいいて言うてはった。でも、提携の病院の先生にまだ連絡がつかへんねん。」と真弓。正直ここまで自宅出産で準備してきたので、病院の出産だけは勘弁だなーと考えながら車から僕は会社の代表の河名に電話をした。「生まれるかもしれないね。だけど病院で産んでもいいと思うよ。」と河名。僕はナチュラル・ハーモニーに入って当時7年目。今は10年になる。代表の河名に啓発された部分は大きい。医者通いも薬も入社以来なく、長男も助産所で産んで、予防接種をせずに今のところ育てている。病院での出産は妻がかわいそうだと考えていたが命には変えられない状況かもと思った。それぐらい切迫していた。

 

バースハーモニー齋藤純子さん

齋藤純子先生という方は自宅出産を考えていた僕たちがたどりついた助産師さんだ。助産師となり結婚して4児を自然分娩している方だ。自然な誕生をきっかけとしてより多くの人に自然な生き方を伝えられたらと「自然誕生」という言葉をキーワードに自宅出産専門のバースハーモニーを開業した。現在は助産所での出産も受け入れらているとのこと。私と妻は一人目の子の蓮太郎のときも助産院でお産をした。もちろんいろんな意味ですごく良かったのだが、いくつか自分の理想とするお産とは違う点がありより良い場所を求めてバースハーモニーに辿り着いた。

 

 

異変の予兆

その齋藤さんも妻からの電話に急遽、我が家に来てくれるという。自宅に帰ると妻は、出産の時のような苦しそうな顔だった。意外とお互い平静だったように思う。
さて、助産師の齋藤先生が近くまできたというので僕は上の子を連れて迎えにいった。随分とあわてている先生。僕が歩いて迎えにいくと速く乗ってと車に乗せられた。

 

 

続!「異変」

齋藤純子先生と自宅に戻ると、自宅前ではもう一人の介助の助産師さんも到着していた。ともに自宅に入る。
苦しい妻の様態をみる先生。上の子、3歳の蓮太郎も不思議そうに見入っている。先生と助産師さんは二人で妻の下着を脱がせ妻を診察した。

 

 

「破水してるね!分からなかった(破水したことを)?出てきそうだね」
おなかの子の脈を心音機で取るがうまく取れないよう。どうもおかしい。沈痛な面持ちの助産師ふたり。おなかのいろんな場所から心音を取る純子先生。脈がない。おかしい。空気がなんとなく暗く張り詰める。しばらくそんな状態が続き、僕ももしかしたらだめかと一応覚悟した。

 

先生が妻に尋ねる。「最近おなか動いたのいつ?赤ちゃんがお腹をけった感覚とかあった?」妻が答える。「昨日かおとといくらいですかねー。」呑気そうな妻。診察を続ける純子先生。「出てきそうだね。」相変わらず脈はない。妻の苦しそうな声が増す。「痛――い!!!」「出てくるよ」「がんばって」なんとなく暗い応援がつづく。死産もまたよし。そんな気持ちで妻を支える僕。しばらく時が流れる……。

 

その時だった。「あ~この子!あたま赤いよ~!!大丈夫!!」という声。危なかったこと半分あきらめていたことを改めて認識するとともに、これで大丈夫だということを確認できた言葉だった。「よかった……。」

 

 

お産のはじまり!

空気は変わった。急遽始まったお産はつづく。「児頭発露。ご主人時間を書き留めて!」純子先生がいう。「子供が下がり過ぎてて心音が聞こえなかったんだね。」と話す純子先生。私は湯をもってきたり妻の手をにぎったり。あまり役にはたっていなかったが・・・上の子蓮太郎も興味津々といった面持ちで見つめていた。

 

そして、私たちはやっと少し冷静になって自分たちのお産をし始めた。まずは部屋を暗くした。これは、お産で体力を消耗し、視神経の弱くなっている母親の目をいたわるため。もう一つは暗いお腹の中から出てくる赤ん坊が急に明るいところに出てびっくりしないようにするためだった。

 

母親と赤ん坊の目を守れ!

始まったお産。まずは部屋を暗くした。これは、お産で体力を消耗し、視神経の弱くなっている母親の目をいたわるため。もう一つは暗いお腹の中から出てくる赤ん坊が急に明るいところに出てびっくりないようにするためだった。インドやチベットの伝承医学に興味があった僕はかの地の出産がやはり暗室で行われることとその根拠にちなんでいた。

 

 

その風習は日本でも昔は同じだったのだ。病院はもちろん助産院でもこうした暗さへの配慮をするところは少ない。それどころか助産院でも、出産直後の母親の目を守るという名目で、目薬をさすところが多い。部屋は明るくしたままなのにも関わらずである。矛盾を感じていた私は、この点も含め、後から列挙するいくつかの点でバースハーモニーの齋藤さんとは意見がぴったりとあっていた。だから子供を取り上げてもらうことをお願いした経緯があった。

 

生みやすいように生む

妻の真弓は自分の産みやすい体位を探して動こうとした。いわゆるフリースタイル出産ってやつだ。上の子の蓮太郎は出産前、フリースタイル出産のビデオを見るのが好きで、よく見ていた。だから、この場面に直面しても平気なようだ。ただ母親の苦しそうな姿にいつもと違って言葉少なく見守っている。出産の過程に合わせて体位を変えて自由に母親が楽な姿勢を取るというのがフリースタイル出産。しかし真弓は根っからの面倒くさがり屋なのか、または苦しすぎるのか、「もう動かなくていい」という。妻の声にならぬうめきが聞こえる。

 

記念すべき自然な瞬間07060926

人目の時、つまり長男の蓮太郎のときは一番最初に頭にふれたのは他ならぬ僕だった。なんとファーストキスも父の私。でも今回は無理そう。すでに純子先生が触れていた。「あーー痛い!」

 

すると妻の膣からあかちゃんの頭がニョキっと出てきた。へその緒(さい帯)の巻きつきを確認する先生。その後、するっとあかちゃんの全身が出てきた。
「ふぁー」という声。平成16年7月6日午後9時26分第二子が誕生した。一月も出産が早く、だれも心の準備はできていなかった。もし病院で産んでいたら即刻保育器行きだったろう。せっかちなやつ。でもそのおかげで、病院での出産をせずに済んだ。真弓は高血圧で、ひょっとしたら自宅出産が無理かもしれないといわれていたからだ。まさに今思えば絶妙のタイミングだった……。

 

へその緒と赤ちゃんを守る胎脂

さて実践の場での体験だが、胎児出生後も「へその緒」には脈があった。そして、さい帯血(へその緒の中の血)が入っている「へその緒」はグレーだけれども、さい帯血が乳児に全部入った後、脈が止まっての「へその緒」は白くなるという。

 

 

私たちの子は2300gという軽量で生まれてきたせいか、通常より胎盤が子宮から薄利するのが遅かった。つまり通常より母体から「へその緒」を通して産後もしばらくは栄養を補給する必要があったのだろう。

 

 

PM9時26分に出生し、PM9時45分胎盤が排出した。そして、しばらくして「へその緒」の脈が止まった。脈が止まるということは役目が終わったということ。
そして「へその緒」を切った。「へその緒」は、長男の蓮太郎のときと同じく僕が切った。自宅出産なので「へその緒」をしばらく台所に吊って干していた。なんかパスタみたいだった。

 

 

赤ちゃんを守る胎脂

通常のお産ではあかちゃんが生まれた後に産湯につける。すぐに体を洗ってしまうワケだ。 一見、清潔と考えられるこの産湯だが、せっかくの胎脂を洗い落としてしまう。この生まれた赤ん坊の皮膚についている胎脂は初乳を取ることとともに子供の免疫に重要な関わりを持っていることが知られている。

 


海外では産後しばらく胎脂を洗い落とさない病院もある。また、チベットや北インドでは産後の赤ん坊の胎脂は決して洗い流さない。胎脂を洗わないと元気に子は育つという風習をもっている民族は多い。

 

 

未熟児であればあるほど胎脂は多く、成熟児になると胎脂はすくなくなるという。
2300gで生まれてきたうちの子は小さいわりに成熟しているのか胎脂は普通より少ないとバースハーモニー齋藤純子先生がいう。

 

 

これらの理由から、胎脂を洗う産湯につけないことで合意していた純子先生とぼくらはそのとおり赤ん坊を拭く程度で洗わなかった。産後しばらくして通常は純子先生もお風呂に入れるのだが、うちの子は体力を消耗させないように1週間以上入れずにおいた。

 


産後一月経ったあとでも子供の皮膚は胎脂がむけたような皮膚が脱皮するような皮がついていた。そして随分時間をかけて徐々にとれていった。

 

最高のタイミング!

振り返れば絶妙のタイミングに感謝!あわただしいお産だったが、絶妙のタイミングだった。通常自宅出産は病院の医師の許可がおりないとできないことになっている。妻の真弓は妊娠中毒症で妊娠後期、高血圧で血圧が150位だったので、このままだと自宅出産はできないかもしれないと言われていた。病院で産むつもりはなかったし、高血圧の基準が160から140へ引き下げられたことにも納得していなかった私はなんとかならないものかと思っていた。妻は、血圧を下げるよう食にこれまでになく気を遣うようになっていた。このままあと一週間出産が遅れていれば、もう自宅出産はできていなかったかもしれない。

 

そして、今回は36週に入って一日目の出産だったので、未熟児としての病院行きを免れた。もしこれが36週以前だったら病院行きはやむを得なかったという。そういう意味ではまさしく生まれてくる我が子としては、今しかないタイミングだったことになる。ほんとうに自然と感謝している自分がいた。

 

産後の肥立ち

産褥生活、つまり産後の生活についても、私たちなりに取り組んでみたいと思っていることがあった。いわゆる「産後の肥立ち」。もともとは体力を消耗して痩せていた産後の女性が、徐々に太って体力を回復していくことを産後の肥立ちが良くなるといったそうだ。今では体調が回復していくことに使われることが多いという。

 

この産後、女性にとって体を美しくし健康になるチャンスでもあり、逆に産後の過ごし方が悪いと、年老いてから体を壊し、健康を害する原因を作ってしまう時期でもあるという。また出産とともに母体の栄養はもとより毒素も子供に注がれる。だから、昔から子供を生めば生むほど女性は丈夫に綺麗になるという。産後の肥立ちは七十五日。でも一生ものかもしれません。

 

骨盤の収縮

バースハーモニーの齋藤 純子先生が取り入れていたのが野口整体だ。野口整体は故野口晴哉氏が立ち上げた整体で、活元といわれる整体体操と愉気といわれる手当て法の二つを実践の柱とし本来のこころと体を整える整体だという。

 

 

整体の如何はさておき、産後のお母さんは3日くらいかけて骨盤と子宮を徐々に収縮してゆく。収縮するまでお腹を手で触ると子宮はコリコリとしたしこりを感じる。
そして骨盤は左右交互に収縮してゆく。この間、母体を絶対安静にして動かさないようにする。トイレにも行かせない。腰周りにガーターのようなものをして骨盤を安定させた。

 


ここまでするのは、この時期に無理に動いて骨盤が歪んで固まると産後の肥立ちに影響するというのだ。実際それで更年期に影響する人も多いという。

 

かつてパールバックの「大地」という本を読んだことがあった。中国の農村の女性が子供を産んだ直後に畑仕事をして、たくましく生きる話だった。その主人公は無理がたたって早死にする。この主人公までいかなくとも産後、休むことのできない状況の方々もいらっしゃると思う。とてもこれ見よがしに書くこともできないが、自分として家族と最善のコミュニケーションのとり方がこの自宅出産だった。

 

話は元に戻る。母体の両脇の体温を測ると本当に、左右交互に体温が変わってゆく。この時、左右どちらにせよ体温が高い方の骨盤が収縮していることになるという。
そして、8時間ごとに左右の体温を測っていくと左右の体温が揃う瞬間がある。左右の体温が3回目揃ったときに初めて、産褥婦は正座し骨盤に体重をかけると骨盤が安定して固まり易いというのだ。

 

そのとおり僕らもやってみた。実際、妻の体温は交互に変化した。そして、3回目揃ったとき妻は正座して呼吸を整えた。
それまで妻はトイレにも行かないので、当然動けない。変な話だが、僕がオムツをあてて介助した。この時期は長男の蓮太郎と生まれたばかりの次男浩太朗の子守をしつつ、妻の介助をしていて、なかなか楽しいものがあった。普段はほとんどなんにもしないし、家にもほとんどいないし、むしろ迷惑ばかりかけているので、少しは役に立ててよかった。


左右の骨盤が3回揃ったあとは初産の人はもう1日休んでから起き上がる。経産婦といってお産経験のあるお母さんは2~3時間ほど横になったら動いていいというものだった。

 

妻が実際にきれいになったかどうか。自分としては綺麗になったと思っている。ただそれより大事な瞬間を家族で共有できたということが、よかった。

 

出産を振り返って

今になって振り返り、このように書き綴ってみると、あたふたしたような感じだが、生まれた当日はもっと自然な感覚をもっていた。生まれた日の純子先生のホームページに投稿した一文が下記のようなものだった。

 

「純子先生昨日はありがとうございました。お蔭様で、ちょっとサプライズで幸せな誕生となりました。一人の人生がスタートした記念すべき瞬間を自然な形で迎えることができ感謝しています。そして、誕生という瞬間が不思議なほど自然なできごとのように感じています。これからもよろしくお願いします。」

 

どんな誕生であれ生まれてくることは素晴らしいと思う。生まれてくることに良いも悪いもないのかもしれない。生まれてくる以上、意味あって生まれてくるんだろう。ひとつ言えることは誕生という現場は生まれてくることを素直に感謝できる場だった。

 

最後になりましたが、改めて私たちの出産に立ち会っていただいたバースハーモニーの齋藤純子先生とスタッフの皆様に感謝いたします。本当にありがとうございました。

 

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