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有機野菜・無農薬野菜はこれで見分けられる"> |
方 |
有機野菜と無農薬野菜を見分けろ"> |
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有機野菜 物の見分け方 玄米ってなに。玄米。玄人のお米?。でもほんとに食べるなら無農薬で有機の玄米がいいよね。でも白米も玄米といっしょでおいしいよ。玄米を食べると消化吸収が悪いっていう人もいるよね。命なんだからまるごと頂かなきゃってひともいる。でもぼくらはその時その時食べたい玄米か白米か好きなほうを食べればいいと思うんだ。そのかわり食べるものは同じ玄米でも無農薬で有機でつくったそして肥料も使ってない自然栽培の玄米じゃないとだめだよ。本物の玄米を食べて食の玄人になろう。無農薬で有機な玄米って本とは肥料をやらないほうが良くできるんだ。肥料をやらなくって玄米ができるなんて信じられるかい。でも玄米が何千年たってもきっと発芽するように自然には大いなる力がある。有機や無農薬なんて当たり前なんだよ。玄米、玄米ってあたまでっかちにならずにおいしく玄米をたべてね。玄米、白米、どちらも素敵だね。おいしく玄米をたいてね。"> |
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有機野菜、無農薬野菜の果・根菜はこうして見分けろ"> |
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有機野菜や無農薬野菜を使っていても発酵食品にだまされるな"> |
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有機野菜や無農を見分けることができる。"> |
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有機野菜や無農薬野菜を使っていても発酵食品にだまされるな"> |
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有機野菜・無農薬野菜はこれで見分けられる"> |
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有機野菜 物の見分け方 玄米ってなに。玄米。玄人のお米?。でもほんとに食べるなら無農薬で有機の玄米がいいよね。でも白米も玄米といっしょでおいしいよ。玄米を食べると消化吸収が悪いっていう人もいるよね。命なんだからまるごと頂かなきゃってひともいる。でもぼくらはその時その時食べたい玄米か白米か好きなほうを食べればいいと思うんだ。そのかわり食べるものは同じ玄米でも無農薬で有機でつくったそして肥料も使ってない自然栽培の玄米じゃないとだめだよ。本物の玄米を食べて食の玄人になろう。無農薬で有機な玄米って本とは肥料をやらないほうが良くできるんだ。肥料をやらなくって玄米ができるなんて信じられるかい。でも玄米が何千年たってもきっと発芽するように自然には大いなる力がある。有機や無農薬なんて当たり前なんだよ。玄米、玄米ってあたまでっかちにならずにおいしく玄米をたべてね。玄米、白米、どちらも素敵だね。おいしく玄米をたいてね。"> |

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有機野菜や無農は虫に食われないのだろうか。有機野菜や無農薬野菜についての質問、低農薬野菜は安全なのだろうか有機野菜・無農薬野菜・自然栽培・自然農法の宅配、自然栽培の野菜は有機野菜や無農薬野菜を超えた挑戦の産物。無肥料、無施肥、無農薬による自然栽培・自然農法とはいったいなにが、有機野菜、無農薬野菜と違うのか。有機野菜、無農薬はもとは良いが、
肥料・農薬を使わないだけでない。自然を師とする自然農法、自然栽培、その自然観に学ぶ。肥料・農薬を使わない自然栽培・自然農法の野菜とは 有機や無農薬っていうけれど有機の本当の意味は天地に機有りという中国の漢詩から来ている。有機そう自然には本来「機」しくみがあるということ。その仕組みにのっとれば無農薬で作物が栽培できるのは本来当たり前なのです。無農薬を私たちがおすすめするのは無農薬だから安全という理由ではなく、農薬を使わなくとも育つ、天地にある仕組みにかなった「有機」の野菜だからです。無農薬野菜は自然の力を最大限に引き出した野菜なのです。そのためには自然を師とするなら有機肥料などの肥料を使わないで作ることが本来の姿です。有機の本来の姿は無施肥、無肥料であり、自然の力を引き出し自然の仕組みに合わせて栽培するから無農薬でも有機でも農薬を使わずに野菜や玄米を作ることができるのです。無農薬はだから素晴らしい。無農薬はだから自然なのです。そういった無農薬玄米や野菜を私たちは求めています。そうそれが自然栽培です。玄米ってなに。玄米。玄人のお米?。でもほんとに食べるなら無農薬で有機の玄米がいいよね。でも白米も玄米といっしょでおいしいよ。玄米を食べると消化吸収が悪いっていう人もいるよね。命なんだからまるごと頂かなきゃってひともいる。でもぼくらはその時その時食べたい玄米か白米か好きなほうを食べればいいと思うんだ。そのかわり食べるものは同じ玄米でも無農薬で有機でつくったそして肥料も使ってない自然栽培の玄米じゃないとだめだよ。本物の玄米を食べて食の玄人になろう。無農薬で有機な玄米って本とは肥料をやらないほうが良くできるんだ。肥料をやらなくって玄米ができるなんて信じられるかい。でも玄米が何千年たってもきっと発芽するように自然には大いなる力がある。有機や無農薬なんて当たり前なんだよ。玄米、玄米ってあたまでっかちにならずにおいしく玄米をたべてね。玄米、白米、どちらも素敵だね。おいしく玄米をたいてね。 リンク">

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□ あなたは信じられるでしょうか?
…………………・ 土が変わると、私たちの身体と生活がかわることを!
□ 原発の臨界事故と自然栽培
………………………… 私たちは汚した土から、逃げることはできない!
□ たった一本の大根、一枚の田畑、一粒のタネから世界が変わると思うのです。
自然農法成田生産組合列伝はこちらから

あなたは30年前、何をされていたでしょうか。
「まだ、生まれてなかったわ……」
「小学生だったかな。」
「主人と出会ったころよ……」
「いつも上司に怒られてたかな」
「部活、がんばってたよ……」
30年という月日は、自分のことに置き換えて振り返ると長い年月ですね。
その期間、自然を思い、土を思い、あるべき農業を思い、純粋な生き方にあこがれ、自然栽培に取り組んできた農家がいます。
千葉県の自然農法成田生産組合は、グループで自然栽培に取り組む全国のさきがけの農家です。その自然農法成田生産組合さんから、肥料・農薬に頼らない自然栽培の大根をたくさんお譲りいただいています!!
自然栽培に長いところで30年取り組んでいる大根です。
その大根をはじめとする野菜たちが「先駆者」と呼ばれるに値するのは、先に始めたからだけではなく、一歩目から今までをあゆんできた道のりを知っているからだと思います。
失敗や成功を重ねた分、自然と向き合ってきている。だから自然をより深く知っているといえます。なぜなら自然栽培が、肥料や農薬に頼らないという農業界の常識をくつがえし、自然界の常識を知る必要があるからです。
一歩目がなければ30年はありません。30年という時間、土を清浄化することに取り組んできたのです。そんな大根を食べ、知ることで、今現在、自然栽培一年目の野菜たち、これから取り組む生産者の可能性を感じていただくことができます!
この大根が、今年も豊作です!自然栽培の農産物が豊作だということは、自然栽培が農業として成り立っていることを意味します。
自然栽培で自然誕生!
先日、みなさんにお届けさせていただいた「自然誕生」。その助産師のバースハーモニー齊藤純子先生から、先日ある方の出産のお話を伺いました。
破水をせずに、胎盤に包まれたまま生まれてくる黄帽児についてのお話が小冊子の中にありました。その方の出産・誕生の際、齊藤先生がいままで見たことのないほど、きれいな胎盤に包まれて、あかちゃんが生まれてきたそうです。さらに生まれて、お母さんの子宮から外へ出て、破水したわけですが、その破水した羊水(ようすい)の美しさに、齊藤先生は驚かれたそうです。
「この人は、いったいどんな食生活をしているんだろう!?」

リスクの付きまとう自宅出産。その自宅出産を少しでも幸せに安全に体験してもらうために、齊藤先生も食生活のアドバイスを妊婦さんにされています。ご自身も徹底的に試すタイプの方ですから、その破水した羊水を見て、「この人の食生活を知りたい!」と当然思われたのですね。
そして、聞いてみたところ、なんとその方は、ハーモニック・トラスト会員さんだったのです。そしてアトピーがひどかったその方は、出産に備えて、ハーモニック・トラストの自然栽培と天然菌だけで食生活を過ごしていたそうです。
齊藤先生が、興奮気味に話してくださいました。やっぱり自然栽培ってすごい!その後、すぐのことです。齊藤先生がみなさんと同じハーモニック・トラストの会員になってくださったのは……。 そして徹底的にこだわる齊藤先生も、ハーモニック・トラストだけの生活を試してくださっていて、確かに手ごたえを感じているそうです。
あなたは信じられるでしょうか?土が変わると、私たちの生活が変わるということを……
あなたは土と私たちの生活が、密接な関係にあることに関して、リアリティを感じていらっしゃるでしょうか。齊藤純子先生のところで出産・誕生されたこの会員さんも、自然栽培で身体が変わりました。特にこの自然栽培において、土の変化と私たちとの関わりは本当に密接なものになります。
ご存知のとおり、自然栽培をするということは、その過程で土を清浄化するということを意味します。こうして土本来の力が発揮されて育った作物は、私たち本来の生命力を呼び起こしてくれるように思うのです。
農家さんが土の本来の偉力をより追求した結果を私たちはいただけています。そのことで、私たちの生活が間違いなく変わる。そんな感覚を持っています。
自然栽培を仕事にすること
流通の現場でもこんなことがありました。生産者の土づくりを意識して、自然栽培の肥毒を取り除き、過去を清算する土作りをすすめればすすめるほど、流通である私たちの仕事も、うまく運びます。
簡単な例で言えば、野菜のロスがどうしても流通をしているとあります。しかし、この数が有機を扱っている場合や一般の業界と比べて、あきらかに少なくなります。野菜のクレームも少なくなります。もちろんみなさんご存知のように、今でも自然栽培の野菜に虫や病気の出ることはあります。しかし、程度が減ってきているのは明らかです。また、うそ偽りの無いものを、扱えるというのは、心理的ストレスはなく、仕事が楽になります。
また、自然栽培を扱いながら、減農薬や有機栽培の野菜を扱うことは、本当に向かうべき方向性が定まっていて、そのプロセスをあゆむ確かな実践がないと、思考が混乱することがあります。
これは農家も同じです。いきなり全部の面積を自然栽培に変更することはできないので、みなさん自然栽培以外の農法も生活のために行っています。
自然に対する見方、発想が全く違うので、よほど自然に対して、土作りの歩みに対して意識をしっかりもっていないと、頭が混乱してしまうこともあります。無論、これが訓練になるわけです。
自然を師としていかに意識するかが問われるといいます。
つまりは、自然に少しでもそっていくこと、自然を意識することで私たちの仕事も、生活も、そしてもちろん心身が変わってくるわけです。
「元を変える。土を変える。生活が変わる。」
会員のみなさんの応援メッセージをたくさんいただきます。考えてみれば、ある方の生活に違いがおきたことは大変なことだと思います。「土が変わると全てが変わる。」これってすごいとは思いませんか。そしてその「土が変わる」意味とは土が清浄化され「肥毒」が取り除かれることにあります。
ぜひ一週間でいいので、自然栽培の食べ物だけで過ごしてみてください。
自然栽培専門宅配「ハーモニック・トラスト」 資料はこちらから

東海村 原子力発電所の臨海事故のとき
この宅配が立ち上がる前、茨城の東海村の原子力発電所で臨海事故がありました。そのとき、茨城の農家は、たとえ東海村から100キロ近く離れていても、茨城だというだけで、農産物が売れなくて、軒並み倒れるのではないかということがありました。私たちの付き合いのある自然栽培農家は茨城の方が多く、生活がひっぱくした状況となりました。

今、大根をお届けしている田神俊一さんもその一人です。原発の良し悪しはともかく、食を担う農家の生活が成り立たなくなることは、私たちとしてはあってはならないことでした。
もちろん消費者視点に立てば、茨城の
農産物が敬遠されるのも理解のできること。しかし、私たちは、私たちが汚した大地から逃げることはできません。
さまざまなお店の店頭で、茨城産の大根であることを名のって販売したことがあります。いいこととも言い切れません。当時は店頭で販売していて、おしかりの声もいただきました。しかし、私は「この自然栽培の大根は日本一だ」と言って、はばかりませんでした。
もっとも汚れた場所から、消費者は逃げることができても、農業者は逃げることができません。つきつめて考えれば、本当は、私たち消費者も逃げることはできないのです。
人間がなした過去の清算に向き合う農業者の姿には感動するものがありました。
私たちは、少しでも土における過去の清算をして次世代につなげる熱い義務があると思うのです。
たかが大根が、なんでこんなに高いんだ!
あるお店の店頭で販売をしていたときのこと。「たかが大根が、なんでこんなに高いんだ!ふざけるな!」とどなられたことがありました。
でも、思わず言い返していた自分がいました。「たかが大根に、一生をかけている人がいるんです!」
すこし間をおいて、そのお客様がおっしゃいます。
「じゃあ聞くが、有機ってなんなんだよ……!自然栽培って何が違うんだ!?」
「有機の語源は、“天地に機、有り”という漢文からきています。天地に機、つまり仕組みがあって、作物もその仕組みにそって育つという意味です。自然栽培は、肥料・農薬にたよらず、そのしくみをもっとも活かした農業なんです!」
※有機の語源については、諸説あるので正しいかどうかはわかりません。ただこのときは、勢いで言い切っていました。
しばらく目を合わせたあと、その方が大根を買ってくださいました。
自然栽培は肥料・農薬に頼らず成り立つ、まさに今の農業を根本からひっくり返すような取り組みです。そんな活動ができていることに身震いを覚えます。
考えてみれば、1+1=2の分かりきった農業の世界の常識ではなく、大自然の力を活かし育つ自然界の常識に合わせる自然栽培。無限にある資源をいかす農業とも言えます。

環境保全型農業や永続可能な農業……
求める声は多々あります。でも今、現時点から、あなたの実践がなければ、たとえどんなに小さな一歩でも、あゆみをすすめなれければ、何も変わりません。不完全でも、実践しなければ自然栽培はすすまないと思うのです。
最近思うことがあります。農業の現場で考えるとき、農家はいきなり自然栽培を全面積に広げることができないと申し上げました。経営的リスクがあるから、小さい面積からはじめていただいています。
つまりは、10分の1の面積からスタートしたとすれば、残りの10分の9は自然栽培以外の栽培ということになります。つきつめて考えると、この10分の9の一般栽培の農産物を食べている人がいるからこそ、農家は自然栽培に取り組むことができるといえます。
逆に言うと、自然栽培を小さくでも意志してはじめることで、一般栽培の農産物を買い支えていた消費者が、自然栽培をも知らず知らずの内に支えていることになる。
もちろん、なにより、自然栽培を支え食べてくださる方がいるからこそ、こうしたことも、成立するわけですね。
八百屋とは、ヤオロズの神々とともにイノチを運ぶ仕事なり
私たちは、八百屋であることに誇りを持っています。それは誇りを持つに値する農業があるからです。いうなれば、自然栽培が土の過去を清算する歩みが、私たちの仕事のモチベーションになっています。
農薬だけじゃなく、肥料も使わず大根が成り立っている姿には、うそなし、ごまかしなしの、未知なる大自然の可能性を既知のものとして学んでいける楽しさがあります。
八百屋とは、ヤオロズの神々とともにイノチを運ぶ仕事なのだといいます。
そのイノチとは、作物が成り立っている事実に学ぶとき、大自然にある偉大な力だと感じます。私たちはそんな力をいただくことができるのです。
自然農法成田生産組合さんと、田神俊一さん。先駆者という名の大根をぜひ食べてください!
そして、この大根と大根を生む土を守り育ててください。あなたの力を貸してください。そしてあなたとあなたの大切な方の身体に記憶させてください。
一本の大根、一枚の田畑、一粒のタネ、たった一人の実践から世界は変わると思うのです。
自然栽培専門宅配「ハーモニック・トラスト」 資料はこちらから



自然農法成田生産組合が目指したもの。それは、生産(作り手)・流通(繋ぎ手)・消費(暮らし手)が三位一体となることだった。
理想の実現に向けて奮闘した30年は自然農法成田生産組合に何をもたらしたのか?
自然農法成田生産組合の歩み
自然農法成田生産組合の歩みは、今から30年ほど前の1978年代に遡ります。発起人である高橋博さんが父親から農業を継ぎ始めたころは、食べ物を作る農業ではなく、化学物質に依存した工業化された農業の現実がありました。
次第にそんな農業のやり方に高橋さんは疑問をもつようになります。自分の家では食べないような農産物を売ってお金を得ることに「こんな農業じゃ未来がない。こんな罪なことはない。これならば外に働きに出たほうがまし」とまで思うようになります。

自然農法成田生産組合 高橋博氏
農業を生業とする以上、自分で納得できる農業がやりたいと様々な情報を集める中で自然栽培との出逢いがありました。その当時の心境を高橋さんはこう語っています。
「これはすごい!これしかないと思った。このやり方なら一生続けられる。何世代にも伝えるに値する農業だ!」その時の感動が、30年たった今も高橋さんの歩みを支える原動力となっています。
試行錯誤から始まった自然栽培
しかし、新たな農業への取り組みは決して順調ではありませんでした。自然栽培としての考え方はあったものの、確立した技術もなく暗中模索で中取り組んでいた生産者がほとんどだったからです。
とりあえず野菜は出来ていたものの、形や収穫量の面では一般栽培とは比べ物にならなかったそうです。自然栽培に農薬や化学肥料、糞尿堆肥などは使われていませんでしたが、落ち葉などの植物性の堆肥は導入されていた時代でもありました。植物性の堆肥ならいくら使ってもいいと考えられていた。こうした自然栽培に対する捉え方も各生産者が苦しんでいた原因のひとつでした。
「土づくり」ではなく養分供給としての目的で堆肥を使っていたのが主だったのです。
高橋さんが取り組み始めた当初、堆肥を作るために川の土手に生えるカヤなどの収集に奮闘したものの必要な量の多さに「これでは堆肥が足りなくなる時がくる」と、限界を感じるようになりました。
誰にでも出来る農業を確立したかった高橋さんは、この自然栽培を全国に広げることを前提としたら、このやり方では普及が難しいと判断したのです。
新たな栽培方法への転換
そこで考えたのが麦の導入でした。畑の外から持ち込むのではなく自分の畑で生産することが出来、土づくりに使える方法を考えたのです。(この時点では、いわゆる“肥毒”(過去に使用した肥料や農薬で土の中に残っているものをいう)を植物で吸い上げるという考え方には至っていませんでした)しかしながらここでも困難はつきまといます。

当時、麦刈りの脱穀はすべて手作業。非常に手間の掛かる作業です。1年間続けてはみたものの「普及させていくには」という壁にやはりぶつかってしまいます。
この当時、千葉県の各地域に分散していた生産者たちは仲間もいない中で苦しんでいました。お互いに学び合える場所をつくり技術を向上したかった高橋さんは、このとき(1981年)任意組合としての自然農法成田生産組合(当時、組合員16名)を発足させます。
「志あれば必ず実現できる」というように周りからの援助(麦刈りのコンバイ
ンや乾燥機の貸与)も含め、作業場、事務所などの施設もこのとき一気に作り上げてしまいます。
事務所の材料調達から設営、すべて手作りでした。
「お金が無かった分、この共同作業ができ、皆の気持ちがひとつになった」
自然農法成田生産組合の固い結束は、このときの共同作業があったお陰だと高橋さんは言います。
JASと動物性肥料に巻き込まれる
インフラ整備も徐々に進み、各地域に自立型の流通センターなども徐々に出来始めた1995年頃。組合員の増員もあって販売先の確保として一般流通への販路を築いていくことになります。
世の中が、「安心・安全」を急速に求めた時代でした。更に2000年。時代はJAS有機認証の導入期。世間の動向と共に、JAS有機であれば黙っていても野菜は売れるようになっていきました。
努力しなくても売れる、売れればいい。世の中の大きな変化は自然栽培の世界も変えていくことになります。高橋さんの仲間でも、動物性堆肥の使用を認める流れが出てきました。多い時で50名ほどまで膨れあがった組合員も動物性肥料を使い始めたり、有機認証制度の導入がきっかけでやめたりと、さまざまな理由で自然栽培から離れていきました。
そんな組合員を高橋さん一人の力では留めることが出来ず、ただ見届けるしかなかったといいます。
とても残念なことですが、農業経営を考えた場合止むを得ない判断であったのかもしれません。自然栽培は農家にとって収穫量が上がらないなどのリスクを抱えた栽培です。技術的なものは当時まだ確立されていませんでしたから。
高橋さんは言います。
「色々な理由で自然栽培から離れていった人たち、それも意味があること。逆にその人たちが、やってみせてくれたやり方を見ることで色々なやり方の結果を学ぶことができたし、ここまで歩みを続けて来られたのも、その時々でいい仲間に助けられたから。一人ではここまで続けてこられなかった」

組合設立10年という節目で
高橋さんは組合設立10年目の式典で、こんな想いを綴っています。
「10年というひとつの節を迎え振り返る時“よくまあここまできたものだ”というのが組合はもちろん私自身も実感だ。
というのはただ流れてきた10年ではなかったからだ。紆余曲折、並みの歩みではなかった。何回挫折すると思ったことか。
しかし、ここまでこれたその力は何なのか?いうまでもない組合員一人一人のこれにかける思いがそうさせたのだ。かえりみれば、すべてのものを手作りしてきた。“やれない”と思えばできない、“やれる”と思えば出来てしまった、やってのけてしまった。素晴らしい力である。
そして忘れてはならないのが、そこに陰となり日なたとなってくれた多くの人たちがいたこと、またいることだ。一人では出来ないのに、それぞれの特徴や個性を集めるとすごいことが出来てしまうものだ。
組合は10年という大きな節だが組合員一人一人には様々な節があると思う。ある人は3年の節、またある人は一日の節、またある人は一瞬の節というように、いずれにしても節は数が多ければ多いほど強いものになるでしょう。
雪が積もって竹は押しつぶされても時がくると跳ね返すように。これからも永遠の農業であるだけに、明日からまた組合員一人一人に様々な節が与えられることでしょう。その節々を大事に育てていきたいものです」 〜自然農法成田生産組合 高橋博〜
苦しみの20年から技術確立までに10年
2009年、現在の組合員数は13名。組合設立から流通センターの建設、事務所の建設、販売先の確保までの土台を作った20年、自然農法の技術を確立させるのに更に10年の年月。一言で30年といってもそれだけでは片付けられない重みがあります。
「とにかく苦しんだ20年だった。すべてが手探りだったからね。その頃は、肥毒の事実も確認されていなかったし、技術も確立されていなかった」高橋さんのこの言葉から当時の困難だった歩みが伺えます。
今でこそ自然栽培生産者セミナーなどを開催するまでになりましたが、今の技術が確立するまでこの10年、何度も勉強会を積み重ねて培った技術だったのですね。
「1980〜90年代は、みんな気持ちだけで持ちこたえていたところもあった。でも技術を模索したこの10年で確信を得られるまでになった。これも組合員一人一人の努力のお陰。組合員との出会いは、お金では買えないかけがえのない宝物を手に入れたと思います」
自然農法成田生産組合が20年以上自家採種し続けている人参は、この栽培にかける一人一人の強い想いの表れです。
原点に返る
とにかくこれからは脱落者を出したくないと高橋さんはおっしゃいます。境遇が変われば人はその環境に適応してしまうもの、それが悪い環境であってもです。確かに人間は環境に左右されてしまうものです。
何かひとつのことを信じて取り組むことがいかに難しいか、この自然農法成田生産組合の歩みをみても分かる通り、何かを成し遂げようとする過程では様々な困難がついてまわります。しかし、逃げることなくそのものと向き合えば必ず得るものが大きいことも教えてくれています。流されて生きることが悪いのではなく、常に原点に帰ることが大切。高橋さんは30年前に感じた感動を今も忘れることはないといいます。

自然農法成田生産組合が目指すもの
高橋さんがいいます。
「この自然栽培を通して私が学んだ原理は農業だけでなく、さまざまな人間関係においても活用することができました。過去を振り返ってみれば並の歩みではなかったことも事実です。しかし今となってみればこの農法が自分を育ててくれたと思っています。
一言で30年といってもそれだけでは片付けられない年月の重みがありますが、この自然栽培は一生かけて取り組む価値のあるものです。そして、ハーモニック・トラストはその価値を最大限に引き出してくれるものだと思います。
今まで描いていた生産・流通・消費の密着した形がこのトラストにはあります。しかし、タネを播いてすぐに実を結ぶことは自然界にはありえず、そこには育てるという時間が必要です。トラスト会員の加速的な増加が予測できる中、作り手の育成を一日も早く、しかし慌てることなく推し進めなくてはなりません。土を育み、種を育みながら一日一日を信じ共に歩んでいけることを願っています」
この30年という自然栽培の歩みは、農薬や肥料がなくても出来ることを証明するための期間だったと思います。
土を作る時間、種を作る時間、人を創る時間は、決して一年や二年ではすまないのです。自然農法成田生産組合が30年かかっても自然を先生とし学びを続けてきた姿勢が全てを物語っていると思います。
「とにかくこの自然栽培は時間のかかる取り組みです。人参の種が固定されるまで8年かかったように、人間の時間軸では計り知れない世界なのです。だからこそ自然順応、自然規範、自然尊重の姿勢で自然と向き合っていかなければなりません。それには私たち作り手の努力ももちろんですが、暮らし手である会員さんの理解と支援が欠かせないのです」
改めて繋ぎ手の立場として更なる可能性を探ると共に、ハーモニック・トラストが高橋さんのいう“節”を作り手、繋ぎ手、暮らし手が三位一体となって、ひとつひとつ育て合って要となれれば幸いと思います。
地球を洗濯していく
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