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自然栽培全国普及会

 

 
スタッフ紹介
会社情報

さかのぼること20数年前、野菜の引き売りから始まったナチュラル・ハーモニー。
お客様とともに、生産者とともに、誠実に土と向きあっています。

  • 創業秘話
    24歳 のとき、自然との調和を求めて旅立ちました
  • 株式会社ナチュラル・ハーモニー
    代表取締役 河名 秀郎

 

  • 主な著書『野菜の裏側』 東洋経済新報社
  • 『ほんとの野菜は緑が薄い』日本経済新聞出版社
  • 『自然の野菜は腐らない』朝日出版社
  • 『日と水と土~降りてゆく生き方』花書院
  •  
  • こんにちは!ナチュラルハーモニー代表の河名秀郎です。

    農家の思いをきちんと消費者の皆さまにお伝えする、それが自分の仕事です。このページでは、自分がなぜそのように感じるようになったのか、私自身の歴史を 振り返りながら話しをさせていただきます。私がこれまでの歩みの中で感じてきたこと、発見してきたことをお伝えしたいと思います。

    究極の、至福のサービス


    現在さまざまな食に関する情報が溢れています。サプリメントやと特定の食べ物の効果・効能などが膨大に流されています。こういう状況を眺めると、本当に正 しい情報が消費者に届いているのか?さらに「食べる」ことはどういうことであるのか?こうした問いに対して、自分には重大な責任があります。本当の流通業 とは、この問いを深く掘り下げていく、ここにこそあるのだと思うのです。


    自分はこの仕事を"流通業"というより、むしろ"サービス業"であると思っています。買ってくれる方にとって「良かれ!」と思うことができて、はじめて" サービス"と言うことができる。それこそが「究極の、至福のサービス」ではないかと思うのです。そしてそれを追求していくことが私の責任、そして使命でも あります。たとえその場は分かっていただけなくても「いつかは!」という思いでいつも仕事をしています。



    姉の死

    なぜ自分がこの仕事を始めたのか?と言いますと、4つ上の姉が14歳の時に、骨肉腫に罹ったのですね。この病気は本当に辛い病気で、20歳で夭折するまで の6年間、姉がもだえ苦しむ姿を目の当たりにしてきました。その当時はまだ自然食というジャンルは一般になく、現代医療では救えない、医者からも見離され た状態にありました。そうなると民間療法にすがるのみで、情報がないのです。


    親は一生懸命"さるのこしかけ"とかを飲ませてみたりするのですが、有効ではない。化学治療を施した結果、姉の髪の毛は抜け落ち、やせ細っていく。苦痛の あまり、自殺への激しい衝動に駆られていたように見受けられました。枕の下に包丁をしのばせていたことを目撃したことがあります。おそらく死に切れなかっ たのでしょう。そんな中、自分は絶対にこういう苦しい思いはしたくない。これが私の本音だったと思います。家族のことを思ったら元気でいることが一番大 事。そこから死とはどういうことかを深く追求しはじめたのです。


    17~19歳の間に、こうしたことをひたすら考え続けました。つまり「命とは?」というテーマです。それを探し求め、見つけ出したい。それが野菜の世界に入っていく大きなきっかけだったように思います。



    野菜の世界へ

    では「なぜ野菜か?」ということになりますと、こうした中、さまざまな情報をかき集めたのですね。模索していくと、食べ物に大きな原因があることを見出し た。さらにそれは「有機」という所ではなく、「自然栽培」に求めていた世界を見出したのです。本物は多大なるエネルギー、もしくは生命本来の力を持った 「自然栽培」にこそあると。これを自分の人生におけるヴィジョンとしました。肥料を与えるということは、栄養を与えて収奪することを意味します。なぜ農薬 が必要なのか?つまりは作物が病気になったり、虫が付いたりするのはなぜ?こうした問いへの答えが、自分にとっては「自然栽培」だったのです。



    自分自身への誓い

    現在も国家予算の30兆円もの金が医療費に流れている。アレルギーとかの病気も蔓延している。「間違ったことがあれば正したい!」、これも自分の譲れない 性分なのです。18歳の時に「栄養」と「医療」という概念を捨てようと決めました。栄養に対しては「脱栄養学」、医療に対しては「絶対医者に罹らない」、 この2つを自分自身に誓った。食べ方もあえて三食とは決めず、お腹がすいた時に食べるといった具合です。このことは47歳になった今でも守られておりま す。

    自分はずっとサーフィンをやっているのですが、休みの日は子供と遊ぶと決めています。ではいつやっているのかと言うと、夏場だと朝4:00に茨城の鹿島に 行って2~3時間やる。そこから仕事に行き11:00~22:00まで働く。それでも病気はしません。年に1、2回程度、風邪をひいて毒素を出すくらいで す。だから消費者の方にはこう言うのです。「まずは私を見てください、それから食べてみてください」と。



    貯金を握り締めて

    自分は24歳の時に一度、サラリーマンを経験しましたが、結局向いていないのですね。すごく悩んで、そこで自然栽培をやっている千葉県成田の生産者を訪ね ました。そこで言われたことは、「自分の人生だぞ!会社を辞めて来い!」だったのです。給料は出さない。しかし、住む所と食べ物はある。「一緒に本物とは 何かを考えよう」と。本当に悩みました。親に相談したら当然反対。世間一般のセオリーをかぶせてくる。言わなければよかったということになる訳です。でも 姉の死を見つめていた自分は、「自分の人生は自分のもの、世間的な価値観で生きたくない!」と決めて、周りの反対を押し切って、30万の貯金を握り締めて 成田へ向かいました。



    就農体験

    その生産者達は15,6人で自然栽培のグループを作っていて肥料を一切使わずに野菜を作っていました。そこで分かったのは土地柄、できるものもあればでき ないものもあり、また収量も変動するということでした。収穫した作物は、慣行栽培から見れば、見すぼらしいものがありましたが、一般よりまさる品物も数多 くありました。ナスなどはたくさんできるのですが、アブラムシが付くこともあります。するとある生産者は、「虫がつくということはどこかに間違いがある。 ただそれも天が解決してくれる」と意味深なことを言う。彼の中での天とは雷。「どんなことやら」と思っていると、翌日ほんとうに雷が来て、アブラムシが落 下している。そんな光景を目の当たりにしてしまうのです。


    自然界のメカニズムは本当に神秘的で、人間が手を加えなければこういうことが実際に起こる。稲にウンカがつくと一斉に蜘蛛がやってきて食べる。この合理的 なあり方を自分は身をもって経験しました。今の「有機栽培」を含めた農業は合理的なのではなく、非合理を感じます。それを合理性と呼ぶのなら、"浅はかな 知識の中での合理性"とでも言いましょうか。「自分はもっと深く学びたい!」という駆られる思いで、朝の4時から零時位まで、昼は農作業、夜は養鶏という 形で1年間働き続けました。


    こうした中、生産者がいつも言っていたことは、「毎朝味噌汁だけは飲め!これが1日の活力の全てになるのだ」と。生産者達の体力の源は味噌汁にあったのです。



    畑菜ではなく野菜

    自分はこうして1年間働きつづけました。1年経って、本当に自分は「農業を一生やるべきなのか否か」を悩みました。自分は農業をするために生まれてきたのか?なぜ自分は東京に生まれたのか?姉はなぜ死んだのか?といった具合に心の中で葛藤を続けました。


    結局、東京に戻って自分の役割を探してみることに決め
    たのです。けれども戻ってできることと言えば、「売る」こと、「真意を伝達する」ことしかないのです。


    自然栽培というのは、言うなれば、「無」から「有」を生じさせること。ある種、オカルト的な世界にもなってしまう訳です。でもこれは有機栽培の次の世界で あって、そこに対する市民権も今は得つつあると実感しています。化学的な分子構造の下に見えなくて、もっと深い世界がある。肥料をあげることは作物を過
    保護にしてしまう。さらにそれは土の力・「地力」を弱め不能にしてしまう。「野菜」と何気なく言いますが、「野」の、「野生の菜」という意味です。


    今の有機も含めた作物は「野菜」ではなく、「畑菜」であると私は思っています。つまり「畑」という論理です。本物は「野の力」が作るものなのです。


    明けても暮れても

    そういうわけで、東京でトラックでの引き売りから始めました。自分の中ではこんなすごい発見をしたのですから、当然売れると思っているわけです。黒山の人 だかりになって、ものが足りなくなったらどうしようといった具合に。勢い込んで出かけてみるも、誰も買いに来ない。「何で?」という思いでした。


    当時は"無農薬"という言葉すら一般には知られておらず、そこから説明しなければならないのです。そうするとみんな「無能野菜!」などと覚えてしまったり といった毎日でした。「薬を使っていない」とか言ってみても、ピンとはこないようで、最終的には「うまい!」としか表現できなくなる。売れ残りは当たり前 で、何か買ってくれた人にはサービスとしてキャベツとかを付けて、野菜を無駄にしないようにしていました。



    涙の日々

    駒沢公園通りの並木道を毎日通っていたのですが、週一回、思いっ切り泣いてストレスを発散する。東京の駒沢公園に自らを慰める場所を見つけて泣きまくるの です。なにせいつも泣きそうなのですから。泣いてばかりいたら仕事にならないわけで、週一回だけ泣く。その時決まって思い出すのは姉のことです。


    姉は生きていたかったのに、生きられなかった。「自分は生きている!」、そう無理やり思い込ませて、モチベーションをあげるという期間が3年も続きまし た。そうやって思い込ませなければ、辛くて続かないのです。その間はほぼ無給、生産者への支払いが滞ることもよくありました。


    待ってくれた生産者は、今でも大切な恩人です。こんな状態でしたから、買ってくれる人への感謝の気持ちは並大抵ではない。最初に買ってくれた人の顔という か表情をいまだに忘れることできないのです。感謝する気持ち、とりわけお客様への感謝の気持ちがなくなったら、サービス業は終わりなのです。


    そんなある日、自分の伝えたいことしか考えていないということに気付いたのです。消費者の「ニーズ」という概念が自分にはすっぽり抜けていた。本当にこれでいいのか?自己満足で終わってしまっていいのか?と自問自答を続けました。



    流通業とは?

    流通業とは、その考え・哲学を世の中に広めようという業種に他なりません。お金はそれが受け入れられたこと、その結果としてのものなのです。「もっとニーズを聞かなきゃ!」と
    思いを新たにし、出直すことに決めました。


    ただ最終的には、自分は消費者のニーズをただ聞くつもりはありません。自分が経験し、研究し、実践してきたことを「それがニーズだから」の一言で葬り去る ことは絶対できないのです。けれどもこちらの思いを相手に伝えられるようになるまでは、ニーズを受け止めなければなりません。その頃の私に対するニーズと は、
    「品目を増やせ!」です。


    ここは悩みどころでしたが、「自然栽培」だけに固執していればできない。有機栽培もので補わなければならない。有機栽培といえども、養分供給・肥料を入れ る農業です。しかし「肥料がない」という概念だけでいくことを捨て、「農薬がない」というところでやることに決めたのです。こうして産地を回り、生産者に 直接話をすると、「熱意」だけ、そこだけは買ってくれました。


    何せお金はない、「熱意」しかなかったのです。「有機肥料の野菜はいらない!」とは言い得ませんでしたが、その結果、トラックの荷台が賑やかになってきました。そうするうちに商いも安定してきました。



    レストランへの卸

    そんな中、レストランから「食材を卸してくれないか」?と声が掛かったのです。今ではすっかり有名になったある方です。自分は、「そういうことなら他にいくらでもありますよ」と話しますと、「なぜお前は自分のところの話をしないのか?」と聞いてきたのです。

    自分は「僕らには力がない、収量の面で安定供給ができない、やりたいけれども、お約束できないのです」と答えました。すると「よし、お前とやりたい。俺も まったくはじめての料理のジャンルを手掛けるのだから立場は一緒だ。是非お前とやりたい!収量が安定しなくても構わない!」と言ってくれたのです。


    こうした農産物を一般のレストランに卸すのは、自分が初めてだった様に思います。


    「無農薬」とか「自然栽培」とか、そういう次元の前に、「うまい!」ということが目をつけられた要因だったように思います。そうなると、その方の配下のフ ランス料理のシェフや築地の卸売市場の人などを紹介してくれたりと商いが広がっていきました。その卸売り市場の人は毎日、365日、質問を浴びせてきまし た。「目先の金ばかり追っていたらゆくゆくは行き詰まりますよ」とアドバイスしていたりすると、今度はその人が知り合いのシェフを呼んで来てくれたりもし ました。そこで自分は真剣勝負をやるわけです。


    クオリティー勝負

    「あなた達が必要なのはきれいなお皿ですか?それとも消費者の満足ですか?素材について何も知らないのではないですか?本当の意味でお客様の満足を考えな ければ淘汰されるのみです!あなた方がプロならやってみてください。そうでなければ私はあなた方に必要ありません。」こんな調子で話をさせていただきまし た。


    自分は"ディスカウント"勝負は絶対にやりたくありません。値段で相手の心を動かすなんて自分はしない。"クオリティー"で勝負ができないのであれば、素直に負けを認めます。


    飲食業界を変えるぞ!

    そして世田谷に3坪の店を出しました。ジプシー生活に終止符を打ちました。その後、自然食品店や量販店にも卸すようになったのです。こうした経緯で15坪の店になりました。これが現在の
    ナチュラルハーモニー・下馬店
    の前身です。こうなるとどうしても余剰というか在庫が生じてしまいます。


    「古いものは売りたくない、ディスカウントはみみっちい」という信念から、それを加工する術があれば良いという発想で、野菜ジュースのスタンド・バーを店内に作りました。結局それは一杯300円もするわけですからあまり芳しくなく、「これは違う!
    」ということでやめてしまったのですが。


    そうした折に、玄米菜食の料理人をしていた青年が訪ねて来たのです。「ここで店をやらしてくれないか」と。こっちには金なんかないし、「賄いをやってもら える?」という所でそこから共存共栄を図ろうということになりました。そのうちレストランという形になり、席数はさほど多くなかったのですが、2年後には 予約で席はいつも満杯になっていました。あるとき外で席を待っている人に聞いてみると所沢から来たという方もいたのですね。それを聞いて「これはニーズ だ!」と思い、「飲食業に進出しよう!」と決めたのです。


    まず型から始めて、そこからできる、できないを判断していく、これが自分のやり方です。この時は「飲食業界を変えるぞ!」、これをスタッフの"合言葉"に しました。すると仲間が、保証金なしで借りられる物件を探してきてくれたのです。何せ金などありませんでしたから。「無」から「有」を生じさせるのです。
    それが神宮前のナチュラルハーモニー・アンゴロで、10年前になります。飲食だけではなく、建築にもこだわりました。「汚染物質が飲食の空間にあれば、それは本物ではない」という信念からです。


    最初は玄米と白米両方をお客様に合わせて用意していましたが、ほとんどの人が玄米をオーダーしていたので、白米はやめてしまいました。1~2年は客を強引 に呼ばなければならない状況でした。ただ店構えだけは話題となっていたので、非常にメディア受けは良かった。雑誌とかにも紹介されることも多かったので す。3~4年で予約が必要になり、並ばなければ入れなくなるようになりました。


    本当の肥料とは

    作物の方はというと、多くの有機農業の生産者達が、農薬をかけざるを得ないということが分ってきました。つまりは病気にかかる生産者の野菜とかからない生 産者の野菜があるということです。原因は作物にあるのではなく、下にある、土に問題がある。問題のあるところで作られた作物を人間は食べてはならないので す。本来、淘汰されるべきものを農薬で延命させている


    本当の肥料は有機肥料ではなく、「コミュニケーション」なのです。人間の作物に対する愛なのです。生命とのコミュニケーションは本当に大事なのです。野菜にとって「一番必要なものは何か?」、このことをもっと深いレベルで考えなければなりません。


    あるタマネギの生産者、有機栽培を20年やってきた方がいます。キトサンだなんだと土に投入し続けてきたのですね。5年前に「有機は限界だ」ということで、自然栽培に切り換えました。現在は有機栽培では感じれなかった生きがいを感じているといいます。



    連作障害はアマチュアの証

    また連作に関しては、自然栽培に取り組む多くの生産者の方が、「連作ができない農家はアマチュア」だと言います。できてこそ「プロ」だと。連作をしていくと、土がタネに合ってくるのかなというのがいま現在の感想です。

    最後に、農業は苦しいでは後継者が育ちません。大切なのは「楽」。土の偉大な力と生命の力を信じて、何も施さない。そうすれば作物(生命)は限りなく、自らの命を表現するのです。


    そして私は今後も、大自然を師とする生き方を追及し続けていきたいと思っています。

    河名 秀郎 略歴

     1958 年東京生まれ。國學院大学卒業後、自然食品関連の仕事に従事するが、 「もっと自然に近づきたい」と脱サラ。千葉県の自然栽培農家で 1 年間の研修を 経て、ナチュラル・ハーモニーを設立し、自然栽培野菜の移動販売を始める。スパーやレストランなどへの卸売業、自然食品店、自然食レストランを手がけている。 衣食住におけるナチュラルライフを提案するショッピングスペース「ナチュラル&ハー モニック」を展開、また自然栽培農産物だけを取り扱う個人宅配「ハーモニック・トラスト」を立ち上げている。ナチュラル&ハーモニックスクールを立ち上げ、生産者および消費者にむけて各種セミナーを精力的に開催している。自然の摂理から学ぶ 生き方、暮らし方の普及に力を注いでいる。

  • 主な著書『野菜の裏側』 東洋経済新報社
  • 『ほんとの野菜は緑が薄い』日本経済新聞出版社
  • 『自然の野菜は腐らない』朝日出版社
  • 『日と水と土~降りてゆく生き方』花書院
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