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自然栽培全国普及会

 

スタッフ紹介

全国の自然栽培に取り組む生産者をご紹介します。総勢100名以上に野菜づくりにかける想いと自慢の作物について語ってもらいました!

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野菜を使った美味しいレシピ

豆乳

日本名水百戦の一つ
「出流原弁天池湧水」を使用した濃厚豆乳

すぐ来てください!
「すごい豆乳ができたんですよ!」
株式会社フクダの会長、福田さんからの突然の電話。「天然わら納豆 豆うまか」ではお馴染みな方です。
元技術屋さんということもあり、扱うものへのこだわりはピカイチ。そんな福田さんが「すごい」と驚く「豆乳」とは一体何なのか? ドキドキ、ワクワクしながら、早速車を走らせました。

日本名水百選

福田さんと待ち合わせ、到着したのは栃木県佐野市。「水と緑と万葉の地」とも呼ばれています。のどかな空気を感じながら、車を走らせていると、大きな森の緑が目の前に広がってきました。
「きれいでしょう?」
車を止めてきれいな空気の中を歩くと、森林に囲まれる上品な池が現れました。
「出流原弁天池湧水(いずるはらべんてんいけゆうすい)」
その透明度は圧巻。「日本名水百選」の一つに選ばれるのも納得であります。2億〜5億年にも及ぶ古代の地層の割れ目からの湧水。とても厚い土の層をフィルターとして濾過された水は、豊かな水量を誇っています。もちろん放射性物質の検査は、検出限界値20 Bq/kg以下です。
ウグイスの声が心地よいBGM。優雅に泳ぐ鯉を眺めていると、いつしか優雅な気分に浸っています。 木漏れ日を浴びて輝く福田さんの笑顔。とってもまぶしいです。



飲める豆乳、食べる豆乳

「製造元を見つけ出すのは一苦労でした」
お客様に美味しいものを届けたい。福田さんが最も大事にする「思い」を共感できる製造元は、なかなか見つかりませんでした。
やっとの思いで辿り着いた製造元。こだわりの福田さんも太鼓判を押しました。
その徹底ぶりには驚かされます。毎日5時間もかけて仕込みタンクなどの掃除を行ないます。その条件だけでなく、水も素晴らしい。しかも、掃除も全て、百選の名水を惜しみなく使っています。抜かりない仕上がりです。
「豆乳」の元は何かというと、大豆と水。いたってシンプル。だからこそ、原料が大きく味を左右します。
「水、飲んでみますか?」
竹筒から流れ出る、透きとおった水。すくい取る手に、心地よい冷たさを感じます。そのお味は、口当たりが柔らかく、とってもさっぱり。これだけでもとても美味しい。
「その水で仕込んだ、しぼりたての豆乳ですよ」
差し出されたカップいっぱいに入った豆乳。春の陽射しが豆乳に反射して輝いています。
グッと一口。非常に濃厚です!
「そのまま飲むのもおいしいけど、水で薄めても良いですよ。この濃度はまさに『食べられる豆乳』ともいえますね」
濃厚な舌触りと、爽やかな大豆の甘みが、口いっぱいに広がります。それは、ビアガーデンでの「とりあえずの一杯」のような感動。グイグイと、一気に飲みほしてしまいました。
「早くお届けしたいですね!」
福田会長が考えるのは、お客様の笑顔。
その言葉からは、心からのワクワクが伝わってきます。
栃木で感じた、素晴らしい味とおもてなしの心。感動の余韻にひたりながら、ワクワクと家路についた、春の日でありました。
そのままでもよし、薄めてもよし。こだわりの豆乳を、食卓に並べてみてはいかがでしょうか? 豆乳嫌いのお子さんも、そのおいしさに驚くと思いますよ。
もちろん、牛乳の代わりにもなりますが、これはオンリーワンのものとお考えください。
みなさんの概念を覆す、そんな飲める豆乳、食べる豆乳です。

[原材料] 自然栽培大豆 [製造元・生産地] フクダ・栃木県真岡市
[内容量] 500ml

本当の 工業人 兼 商人 

ナチュラル・ハーモニーの定番商品「豆うまか」。今では当たり前のように商品ラインナップに並んでいますが、50年ぶりの技術の復活はまさしく革命的なものでした。 億を越える資金を投じ、数え切れないテストを繰り返し完成した「天然わら納豆」。環境や条件が揃わないと活動しない菌たち。一筋縄ではいきませんが、完成させることができた根幹には、精密機械を作っていたという経験があったからです。 食の世界とは全くもって異なる異業種ですが、「モノづくり」という意味の追求心は誰にも負けない。 株式会社フクダ 会長の福田良夫さん。戦前生まれで、ゼロから作り出してきたそのバイタリティーは、目を見張るものがあります。そのバイタリティーが生み出したのが、天然の納豆菌で造る「天然わら納豆」です。 「人がやらないことや、できないことを、工夫しながら丁寧に、正確に、ずっとずっと続ける」  「お客様に感動を与える(お客様が喜ぶものを作る)。お客様に軸足をおく」 お話を伺っている時に何度も耳にする、福田さんのお客様に対する気遣いの言葉。 今回は、その福田さんのホスピタリティーがどこから来たのか、創業秘話を含め伺ってみました。

好奇心のカタマリ

1936年生まれ。栃木県は真岡生まれの真岡育ち。5男5女の下から2番目、総勢12人の大家族。明治生まれの実直な父と、思いやりのあるやさしい母の間に生を受けました。 当時は戦前であり、自然が遊び場。遊び道具も全て自ら手作り。何事にも好奇心を持ち楽しい少年時代を過ごしました。 高校生になったある日、兄が経営する電気工事関連の会社で人手が足りない時に、弟である福田さんに白羽の矢がたちました。幼い頃から好奇心旺盛だった福田さんは、特に機械いじりが大好き。その器用さには、兄の会社のスタッフも驚いたほど。 また、人なつっこく、話すのが好きな性格。兄の会社で新たな仕事の仕組みを作っていきます。 ある夏の夕暮れ時。辺りは薄暗くなるのに、どこの畑にも一心に働く農家の姿がありました。家に帰れば休むまもなく、夜の仕事が待っている。農作業は暗くなるまで行い、家でできる仕事は夜業で行なうのが慣わしでした。 福田さんが住んでいた地域の農家では、昼間は農作業をして、夜はタバコの葉の色の選別を行う方が多くいました。当時はまだまだ電球の普及がされていなく、白熱球の明かりでは、夜の作業が上手くできず生産効率が上がらないのが悩みの種でした。 そんな時、夜でも昼間のような明かりがつけられる昼光色の蛍光灯が登場。そして、福田さんはピンときました。 「この昼光色の蛍光灯をたくさんつければ、選別作業もはかどる。電気メーターもつける利点も提示してタバコ耕作組合の組合長に直接交渉しよう!」 早速、営業をかけ大きく普及させていくことができました。しかも、一軒ずつ営業するのではなく、一番トップである組合長に直接交渉し、仕事が拡大する「仕組み」を作ってしまったのです。 そして、その組合の仕事はほとんど請け負うことができ、福田さんの会社は大きな業績を残していきます。しかし、兄との経営スタイルの違いから、なんと福田さんは一念発起、起業することを決意しました。 福田さんが考える経営のモットーは「事業はヨロコビを生み出すこと。お客様の考えを軸足とする」ということ。その福田さんの思いは止まらず、行動にうつしていきます。

若きアントレプレナー

意気込んで独立するといったものの、貯金はほとんど無く、人脈もゼロ。 福田さんは当時を思い出し、楽しそうに語ります。 「みんなが起業家だった時代。今でいうアントレプレナーですね。でも、そんなかっこ良いものでなく、戦争で物資は少ないし、嫌がおうでも0から1を作り出す時代。まぁ、どうにかなると思いましたよ(笑)」 地元の仕事は兄が請け負っているので、なるべく同業者が少ない土地に行かなければならない。そこで人口に対して同業社が少ない、候補地の一つである栃木県北部の矢板市に向かいました。 駅に降り立ち、調査を開始。 「この街だ!」と決めて、あとは事務所を探すのみ。 しかし、田舎独特の保守的な部分は否めない。「よそ者に貸してくれるだろうか?」と考えていると、辺りはすっかり夕焼けに染まってました。 朝から休み無しの調査。小腹が減った福田さんはふと通りかかった路地にある、見るからに繁盛していない一軒の焼きそば屋さんに白羽の矢をたてました。 「このくらいの大きさの店でも、事業計画に合うかな……。この場所を借りれるのでは?」 予め交渉成功を予測して、店に入りました。運ばれてきた熱々の焼きそばを口にしながら、その店の客数と、客が頼むもの、単価などを計算して一ヶ月の売上げをおおよそ算出。 そして、福田さんは相談というかたちで切り出しました。 よそ者の若者だと店主も慎重に対応していましたが、福田さんの愛嬌に心を許し始め、事務所としての契約をしてくれました。早速荷物を運びこみ、新たな命が吹き込まれていきます。チャレンジし続ける起業家人生の幕開けであります。

億万長者の21歳

福田さんの明るい人柄と、営業力に会社は順調な滑り出しを見せます。電気工事だけでなく、家電の販売なども開始しました。 福田さんは会社のショーウィンドーにテレビを設置し流します。テレビはまだまだもの珍しい時代。会社帰りのサラリーマンたちは釘付けになりました。 放映が終ると蜘蛛の子を散らすように家に帰ってしまいます。 「この人たちが時間を持て余すのは勿体無い。彼らに仕事を請け負ってもらえないかな?」と福田さんは考え、またもや早速交渉。 「ただ家に帰るのでなく、ちょっと家電を売ってみないか?歩合制だから良い話だと思うよ」 働く仲間にも喜んでもらいたいと、歩合も破格の待遇。何人もの人が集まり、会社の業績はものすごい右肩上がり。なんと矢板市のほとんどの電気工事は請け負ったのではないかといいます。 収益は増大する一方で、かつ、当時の銀行の貯蓄金利は6%。起業してから1年が経つ頃には、「一生働かなくてもいいかな」と思ったほど。 初めての起業から早1年で億万長者。作り手も、顧客も、社会も潤う、まさに「三方良し」。福田さんはその状態を0から作り出したのです。

炎がすべてを焼き尽くす

全ては順調。楽しい日々は続き事業を拡大すべく、近くの街に事務所を起こそうと思っていました。 しかし、その矢先、漏電による炎が福田さんに襲いかかります。 当時の建物はほぼ木造。炎は瞬く間に福田さんの自宅兼事務所を包みこみ、築き上げてきた全てを焼き払ってしまったのです。 着の身着のまま、下着一枚で逃げ出す。野次馬でごった返す喧騒の中、焼け落ちる事務所を眺め、一人ひっそり心の中でつぶやきました。 「大丈夫、また一から始めよう」

掃除も仕事

音響メーカーの協力会社として、ついにはステレオプレーヤーの仕事まで請け負うレベルになり、日夜製造に明け暮れます。 しかし、大手家電メーカーもその味をしめ、瞬く間にステレオプレーヤーの製造に乗り出し、仕事の取り合いになりました。かげりが見えはじめ、福田さんの工場に依頼される仕事も激減していきます。 「仕事が無くても、我らの生活を支えてくれている工場はピカピカにしておこう」 来る日も来る日も掃除だけの日々。待っていても仕事は来ないので、積極的に外へも出ました。自社の強みである、細かい作業を正確に行なう技術を活かせるところはないか……。 ある日転機は訪れます。 「比較的、参入障壁の少ない時計業界に営業をかけよう」 しかし、そこは大手メーカー。飛び込み営業した福田さんは、門前払いされてしまったのです。 起業家魂のかたまりである福田さんはあきらめません。音響メーカーの検査成績表という形を持って再営業をかけます。 「また来たよ」とはじめは怪訝な顔をしていた営業先の時計メーカーの担当者は、徹底された検査成績表が示すレベルの高さに驚きます。 「すごい実績ですね。しかも、このようにしっかりした検査成績表を持ってくる会社はいままでなかった。早速うちの工場長を紹介しましょう!」 そしてその工場長が福田さんの工場に視察に来たときのことです。毎日継続してきた「掃除」が功を奏しました。 「掃除」が検査成績表の裏づけとなり取引が開始し、窮地から脱することができたのです。

                                

積み重ねがものをいう

持ち前の精密作業のレベルを武器に、汎用性がきく電子部品の仕事も中心としていきます。 「どのようなラインで組まれているのか?」その企業の担当者は福田さんの工場を見てビックリ。無駄なくラインが組まれていることに驚愕しました。 「複雑な仕事を一人で抱えると、どうしてもミスが生じる。数人で作業分担し、やることをはっきりさせることで解決しただけなんですよ」 「いくら良いスタッフや商品があっても、それをお粗末にしたら勿体無い。必ずそれは商品やサービスを通してお客様に気付かれてしまう。うちは当たり前のことを、コツコツとやっただけです。良い商品を作るためには、『どうしたらもっと良くなるんだろう?』『どうしたらお客様は喜んでくれるんだろう?』『どうしたら……』常に改善、向上し続けることが大切だと思います。 『なぜ、なぜ?』と毎日考えテストを繰り返すだけです。もちろんサービスに関してもそうですよ」 考えるだけでなく、実行することを忘れない福田さんは、妥協も許しません。 「『少しくらい良いかな……』という妥協の先には大きな損害がある。たとえ1円といえども、100万回重なれば百万円にも膨れ上がる。どこにつながるかという、イメージをすることは大切です。百万円といわず、十万円が入った財布を落とすのをイメージすれば、グッと身も引き締まるでしょう(笑)だからこそメスを入れる。ましてや工業製品は、繰り返しの作業が多い。所々にある小さな積み重ねが生む大きな結果。これに着目して変化し続けただけ。難しいことは何もありません。難しく考えすぎて動かない人がたくさんいる気がします」

社員旅行でのひとコマ

                    

企業は人なり

その不良率ゼロという評判は瞬く間に伝わり、取引先メーカーの幹部自らが出向き福田さんにアドバイスを求めたそうです。 まさにコンサルタントのごとく多面にわたり指摘し、どんどん改善がなされていきました。徹底した商人であるからこそ、その会社の内部状況が手に取るように見えたのです。 しかし、親切のつもりでアドバイスしたことが裏目にでました。「下請けなのに介入しすぎでは?」と、ある日その取引先の工場長から呼び出しがあり、真意を聞きたいと切り出されたのです。 「あなたの会社を思って正直に申し上げます。今まで付き合っていた他社と比べても「ものづくりの認識、理念」が全くもって感じられない。縁あって取引させていただいている御社に、大手のセットメーカーに欲しられるような製品をつくるようになって欲しい。だからこそ無礼とは思ったが、あえて御社の従業員に対し人生の先輩として、言うべきは言い、導くべきは導くつもりで、自分の会社の社員同様、お話をさせていただきました。これが私の真意であります」 工場長は福田さんの熱い想いを理解し、「うちの社員の至らないところを教育、改善していただきたい。それには下請けという立場ではなく、協業という形で弊社の従業員も教育していただきたい」と懇願してきました。 その姿に男気を感じた福田さん。そう言われては引き下がれません。 「そして、うちの敷地内に工場を協業で建てることになり、そこを拠点に仕事をさせていただきました。その工場があれです。今では毎日納豆をつくってくれている大切な場所なのです」 その後、電子部品、精密機械などなど範囲を広め、最盛期には100人ものスタッフで工場を回すまで成長を遂げました。

             

納豆との出会い

会社の業績も順調なとき、福田さんの心を揺さぶる衝撃的な出会いがありました。 そう、「わら納豆」です。 ある職人さんが作りだす傑作の納豆を口にいれたとき、福田さんの思いはシフトしていきます。どうしてもこのおいしさを伝えて、多くの人に感動して欲しい。 早速、わら納豆づくりのプロジェクトと研究がすすみます。しかし、精密機器の仕事と並行して行なっていましたが、やはり中途半端ではダメ。 「半身の状態では、取引先メーカーにも、消費者の方、双方にご迷惑をおかけしてしまう。だから取引先に相談して、しっかりと他で対応できる体制を作ってから、納豆一本でいくことにしました。『福田さん、頼むから止めないでよ』といわれたときは本当に嬉しかったですよ。一生懸命お客さんの為に仕事してきて良かったと思いました」 「直接お客様とつながり、感動を伝えるためにも、何とか作り上げたい!」という思いを忘れずに、そして、暗中模索を続けながらも道を切り開いていきます。 そして、今では1年を通じ「天然わら納豆」を提供でき、豆乳まで製作するようになりました。 福田さんのほんの小さな一歩が、今日の強い「フクダ」を作り上げたのです。

ホスピタリティー

福田さんとの話の中で頻繁に出る言葉。「お客様に感動を与える(お客様が喜ぶものを作る)。お客様に軸足をおく」そのホスピタリティーは一体どこから来ているのか? 「それは明治生まれの母の影響なのでしょうね。私の幼少時代はみんな貧しい。食べられなくて困った人がいても『おにぎり』しか分けてあげれない。しかし、母親はお膳に『ご飯』を乗せ、しかも『みそ汁』、『豆腐』まで付けて出していました」 「その方、相当感動したのでしょうね。帰るときに小さい甥っ子にこずかいを渡していましたよ」 福田さんは当時を思い返し、笑みを浮かべて続けます。 「その食事を涙ながらに食べる人を見て、『人が喜ぶってことは良いことなんだなぁ』と、幼い心に焼きつきました」 「『自分だけ良いと思わず、損する方に回りなさい。見ててくれる人はきっといるから』 このことを母に何度も何度も言われました。きっとこれが私のホスピタリティーの基礎になっているのでしょうね」

                                     

「天然わら納豆」を復活させたもの

もちろんお客様だけでなく仲間も大切にします。 福田さんの成功裏には、たくさんの仲間がいました。仕事を依頼するのでなく、相手にとってのメリットを考える。一人でなくチームで挑戦することが成功の秘訣だったのでしょう。 「お客様が喜ぶことに判断軸をおいた上で、良い商品を提供する。すると、感動が生まれ、良い人が集まる。私が50年以上の商いで経験的に得たこと。それも自然の摂理なのでしょう」 福田さんの熱意とホスピタリティーを感じる中で、ある自然栽培農家の言葉を思い出しました。 「環境と生き物」 どちらがどちらを直接的に変えるのではなく、環境が生き物を間接的に変える要素となる。逆もまた然り。その起こる現象をどう捉え、変化していくかは自分次第。 母親の姿、目まぐるしく動く情勢など様々に絡み合う時代背景。そんな環境下で、福田さんという人間が変化しようと愚直に思い、求め、実践し続けたからこそ、雇用が生まれ、社会が潤い、風前の灯であった「天然わら納豆」という伝統文化をも復活させるに至りました。 環境と生き物の間に存在するであろう無数の「縁」。福田さんはまさしく、多くの方にとっても、納豆にとっても大切な「縁」なのですね。 最後に福田さんにとってのゴールはどこか聞いてみました。 「納豆や豆乳でも、『これは特にすごい!』という味のものが生産ラインの中でたまに出てくることがあります。どのような条件で作られてきたか調査しますが、なかなか確率は高まりません。その味が100%出せるまではまだまだ満足はできませんよ!100%出せても、その先があるので終わりはないかもしれませんね(笑)」 お客様が「おいしい!」と喜び、安心安全なものを提供していく。開発が済んだ豆乳はもちろん、湯葉や豆腐など、大豆を原料とする食品を中心に展開していきたいとのこと。そのことを話す福田さんはワクワクした様子で、誰よりも嬉しそうでした。 福田さんの哲学とも呼べる経営理念が現代まで続き、お客様の食卓に上がる「天然わら納豆」へとつながっている。一つ一つの思いやり、一つ一つの積み重ねの大切さ。本やネットの情報世界ではなく、福田さんの実体験を聞きながら、その大切さをかみ締めることができました。 僕らの車が見えなくなる最後の最後まで、見送ってくださる福田さん。赤く染まるきらびやかな冬の夕日に、福田さんの顔が照らされていました。(担当 森山)

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お客様のおいしいを求めて

株式会社フクダ

栃木県真岡市

「お客様においしいモノをお届けしたい!」という思いの下に、わらづとに包まれた昔ながらの「天然わら納豆」を、精密機械を造っていた経験を活かし、試行錯誤の末に見事に復活させた製造者。「美味しさの追求には終わりは無い」と、納豆や豆乳などの味が向上するようにと、日々研鑽を重ねている。

この蔵元・製造元の加工食品

  • 納豆

    天然わら納豆 豆うまか

    300g
  • 納豆

    天然わら納豆 豆うまか 小粒

    300g
  • 干し納豆 

    干し納豆 

    50g
  • 豆乳

    自然栽培 豆乳

    750g